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前ページハルケギニアの騎士テッカマンゼロ ワルドのグリフォンに揺られて続けてもう二日。彼はルイズに気を使って何度か休もうとしたが、ルイズはそれを全て断った。 自分がついてきたために、既に遅れが出始めている。一人乗りと二人乗りではスピードに差が出るのは当然のことだ。 これ以上迷惑を掛けるのは嫌だった。 しかし、すでにルイズは限界間近だった。 エリート中のエリートであるワルドはともかく、ルイズはもともとただの学生だ。長期の乗馬(この場合はグリフォンだが)は彼女に多大な疲労を与えた。 彼に抱かれるような姿勢でグリフォンにまたがったまま、疲労で目蓋が重いのを必死に耐える。 半分意識が飛びかけたところで振動がなくなった。グリフォンが足を止め、一声鳴いた。 それで目をしばしばさせながらも目を覚ましたルイズに、頭の上からワルドが優しく声をかける。 「着いたよ」 その声にルイズははっとし、辺りを見回す。 目の前には、ただっぴろい草原が広がっていた。 ところどころに花が咲き、なかなかに良い眺めだった。その向こう側に見えるラダム樹がなければ。 ラダム獣は一通り暴れた後は地に潜り、ラダム樹となる。この植物は言うなればラダムの侵略を受けた証だ。 今のところ、ラダム樹は毒を発するわけでも人を襲うわけでもなく、これといった害はなかった。 しかし、気味の悪さと敗北感は拭えない。 このタルブ村とやらも、一度はラダムに襲われたのだろう。建物の多くが壊されている。 それでもタルブ村の人々はここで生活していた。 ラダム獣は、一度ラダム樹の根付いた土地には普通は二度と襲い掛かってくることはない。 経験的にそれを知ったからだ。 ラダムの目的がラダム樹を植えつけることであることははっきりとしていたが、その先に何があるのか…… それは誰一人として知らなかった。 タルブ村には着いた二人は村の外れの木にグリフォンを繋ぎ、歩きで竜の羽衣があるという建物に向かった。 今さらな気もするが、こんな村でグリフォンを乗り回すわけにもいかない。 村の外れに、それはあった。 意外なことに、この寺院のような巨大な建物には何一つ損害がなかった。 この中に、竜の羽衣は収められているらしい。 ワルドに案内されて、ルイズは寺院に入った。中では、既に何人かの人が巨大な何かに取り付いていた。多分村の人間に手伝わせているのだろう。 それを指揮しているのは、ミス・ロングビルだ。 あらためてルイズは目の前の巨大な金属の塊を見上げた。 鈍い輝きを放つ、鋭いシルエット。それが竜の羽衣だという。 ルイズが勝手に想像していたものとは全く異質で、はるかに巨大なものだった。 建物に入ったワルドはミス・ロングビルから一通りの話を聞き、頷いた。 「まさか、これほどのものとは」 「これだけ大きいと、運ぶこともできやしないわ」 「そうだな。アカデミーに連絡してみるか」 ワルドはルイズと話している時とはまるで別人のような、冷徹な口調になっている。 仕事用なのか、あるいはこれが本来のワルドなのか。 そういえば、わたしは今のワルドのことを何も知らない。 自分の知らない姿を見て、ルイズは一抹の寂しさを感じた。 ルイズも何か手伝おうと思ったが、できることなど何もなかった。 サモン・サーヴァント、あの悪夢の際に杖を失ってしまったからだ。杖を失い、魔法の使えなくなったメイジなど、何の役にも立たない。 そりゃ、杖があっても何もできないかもしれないけど…… 結局、ルイズは寺院の近くの岩に腰掛けてワルドやミス・ロングビルがせわしなく動き回るのを見ていることしかできなかった。 岩に腰掛け、頬杖をついていたルイズは不意に声を掛けられた。中年の平民がおっかなびっくりとした様子で話しかけてきている。 「あの……少しよろしいでしょうか?」 「何かしら?」 別にやることもなかったルイズは、顔も向けずに応えた。 平民は貴族に対して怖れを抱いており、自ら話しかけるようなことは滅多にない。にもかかわらず声を掛けてくる。何を訊きたいのか、少しばかり興味もある。 「トリスタニアのほうからいらっしゃった、貴族、の方ですよね」 黙ったまま頷く。 「すみませんが……トリステイン魔法学院のことはご存知ありませんか?」 魔法学院、最も聞きたくない単語に顔が曇る。それを表に出さないように取り繕い、平静を装ってルイズは訊きかえした。 「……なんで、そんなことを聞くの?」 「そちらに私どもの娘が奉公に出ておりまして……シエスタといって、黒い髪で黒い瞳の、貴族様と同じぐらいの歳の娘で……。 ご存知ありませんか?」 そこまで言って、頭を上げた。相当に心配していたのだろう、髪の毛には白いものが混じり、頬はこけ、目の下に隈ができている。 小さな胸が、しこりでもできたかのように重くなった。 「ごめんなさい、分からないわ」 ……ここにも、ラダムに運命を狂わされた人がいた。ルイズはそう思いながらも、本当のことを言うことはできなかった。 頭を下げた平民は竜の羽衣のほうに行った。 ワルドたちにも訊きに行ったのだろうか。しかし、真相を知っているのは自分だけのはずだ。 ルイズがテックシステムから解放されたとき、残っていたのはわずか数人だった。 ツェルプストー、モンモランシー、もう倒したけどギーシュ、あと風竜を召喚した女の子――確か、タバサとかいったっけ。 他にも校舎や魔法学院付近の別の場所で適合したのが何人かいたみたいだったけど、全部で十人もいないはず。 もしかしたら、その中に……。 思考がまたも無限ループに陥りそうになる。 こんなことを考えていても仕方ない。もう、どうしようもない。 ルイズはゆっくりと立ち上がりかけるが、頭を押さえて倒れかける。 頭痛、いや違う。テッカマン同士の間だけに通じる、精神感応だ。 ダガーはもう、この世にいない。とすれば……新しいテッカマン!? この感覚は自分から知らせようと思わなければ、発生されない。 つまり、誰かが自分を誘っているということだ。 ルイズは周囲を見回す。誰にも見られないように、こっそりとその場を後にした。 作業には参加していなかったので、ルイズがいなくなったことには誰も気付かなかった。 ルイズは気配のする場所へとまっすぐ急いだ。この感覚は近づくたびにさらに強く、自分の位置を知らせてくる。 誰なの……? 考えながら、タルブ村から少し離れた場所へと足を運ぶ。この村に来たとき目にしたラダム樹の方から気配を強く感じる。 ラダム樹と草原との境目、そこでルイズは足を止めた。 「ここにいるんでしょ! 誰!」 大声で叫ぶ。人間として、ラダム樹の森には足を踏み入れたくなかった。 ルイズの声に応えるかのように、ラダム樹が不気味に蠢き、紫色の花粉を吐き出す。 「よく……来てくれたわね」 一瞬目の前のラダム樹が喋ってのかと思ったが、そんなはずがない。 やがて、植物の影からゆっくりと一つの影が姿を現した。 燃えるような赤い髪、その背の高さにふさわしい、見事なプロポーションをトリステイン魔法学院の制服で覆っている。 肌の色は褐色、白い肌で小柄なルイズとは何もかもが対照的な印象の美女だ。 「ツェルプストー……あなたが来たのね」 魔法学院ではいつもルイズをゼロと呼び、からかっていたクラスメイトのキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーだ。 「ええ。裏切り者を始末するためにね。けど、どうしても戻ってくるつもりはないのかしら? あなたを倒さなければならないなんて、寂しいわ」 内容とは裏腹に、彼女の言葉は学院に居たときと同様のからかうような口調だった。 ルイズはそれに反発するように――事実、到底受け入れられるような内容ではない――声を荒げる。 「ふざけないで! 何で今さらそんなことを聞くのよ! 答えは分かりきってるでしょうに……」 「あなた……オメガ様が誰かも知らないのね。なんて、悲しいことなのかしら!」 今度は哀れみを含んだ芝居がかった調子だ。 「うるさい! オメガが誰かなんて知ったことじゃないわよ!」 「聞く気はないわけね。なら別にいいわ。……ここで倒してあげるから」 「望むところよ……ツェルプストー」 「あなたにできるかしら? ゼロのルイズが!?」 会話は終わった。それを感じた二人は、お互いクリスタルを取り出して構える。 「テックセッター!」 クリスタルを掲げたキュルケは、拡大したシステムボックスに包まれた。 その中で、彼女の姿は変貌を遂げていく。褐色の肌が強固な外殻に覆われる。さらにクリスタルのもつ光=物質変換機能によって装甲が形成、 ハルケギニアには概念すら存在しない推進機構や強力な武装を内包し、テックセットは完了した。 赤と黒、まさにキュルケを象徴するようだ。シルエットはどことなくゼロに似通ったものがある。 第二のラダムのテッカマン、エビルが今ここに誕生した。 「ツェルプストー……」 テッカマンエビルに変わったキュルケを見たルイズは、ふと緑色の結晶に目を落とす。 ギーシュの次は、キュルケ……。わたしは、戦えるの……? 殺せるの? ……あのキュルケを。 しかし、ルイズの逡巡はすぐに断ち切られた。 跳躍したエビルが、テックランサーを振り下ろす。ルイズはそれを横に転がるようにしてかわした。 目標を見失ったランサーはいとも簡単に大岩を砕き、大地を割った。 そうよ、殺せるかどうかじゃない。戦わないと……。 ルイズは意を決して立ち上がる。 そして、クリスタルを天に掲げた。迷いを振り切るように、力強く叫ぶ。 「テックセッターッ!」 赤と白、二人のテッカマンはランサーを切り結びながら上昇した。 ランサーは火花を散らし、大気を震わす。 そして二人が激突し、離れるたびにエア・ハンマーさえも児戯に思えるほどの衝撃波が草花を巻き上げ、木々をなぎ倒す。 何者も、音さえも介入できない、二人だけの空間がそこに広がっていた。 数十度目かの衝突、離れた瞬間にエビルは短く呪文の詠唱をした。 ランサーの先端から、火球が放たれる。『火』系統の初歩、ファイヤーボールだ。本来小さな火球なのだが、ギーシュのワルキューレ同様 テックシステムの影響を受けているらしく、熱量が段違いに高い。それでもテッカマンにダメージを与えることは無理だろうが。 それでも驚かせるには十分だった。何しろテックランサーを杖にして詠唱が可能などということを知らなかったのだから。 しかし、考えてみれば当然のことかもしれない。テックシステムは人間時の性質や能力に応じてフォーマットを行う。その際、 人間時の特性が最大限活用されて、テッカマンの能力となるのだ。ならば呪文が詠唱できるような調整がなされていても、何ら 不思議ではない。ギーシュが人間時の杖をわざわざ使っていたのは、単なるこだわりだろう。 ゼロは顔を両手で覆い、火球から身を守ろうとする。 だが、もともとエビルはファイヤーボールを当てるつもりなどなかった。この程度で与えられるダメージなどたかが知れている。 ランサーを軽く振り、火球を爆発させる。 ファイヤーボールが目の前で弾け、ゼロはバランスを崩した。そこに、エビルの蹴りが見舞われる。 反応が遅れたゼロは、蹴りをまともに腹部に喰らい、吹き飛ばされてしまう。 「ああぁぁぁっっ!!?」 地面に激突しても、まだ勢いは止まらない。大地を抉るように、 半ば地面に埋もれるような形となったゼロの目前に、エビルが舞い降りてくる。 すぐに飛翔できるようにわずかに浮遊しながら、余裕の態度でエビルは嘲るように顔を近づけてきた。 「どうしたの、ルイズ。あなたの力はこんなもの? これでどうやってギーシュを殺したのかしら?」 ことさらに『殺した』という言葉を強調する。 それは、どんな攻撃よりも強く彼女の胸を抉った。見えない唇を、血がにじむほどに噛み締める。 「だあぁっ!」 激昂したゼロは右手のランサーを一際強く握り締め、薙ぎ払う。が、エビルは軽く後ろに下がってそれをかわした。 続けて呪文を詠唱。キュルケに対抗してファイヤーボール……のはずが、やはり失敗した。 何もない空間が爆発。エビルは一瞬驚き後方に飛ぶが、すぐに気を取り直して笑い声を上げた。 「ゼロ、ゼロのルイズ! これのどこがファイヤーボールなのよ! 人間の時と同じね。あなたったらどんな魔法を使っても爆発させるんだから! あっはっはっは!」 「エビル!」 昔と同じようなからかいの言葉に、ルイズはかすかに学院のことを思い出す。 ゼロと蔑まれ、馬鹿にされ続けたあの日々。それでも、今の地獄に比べればはるかにましな世界だった。 それら全てを奪ったラダム。呼び出してしまったのは、他ならぬ自分自身。 激昂したルイズはランサーを構え直し、さらに激しい攻撃の嵐を繰り出した。 ゼロは怒涛のような攻撃を繰り出した。突き、薙ぎ払い、打ち下ろし。あらゆる種類の斬撃が襲い掛かるが、エビルは軽々とそれを受け流す。 それにさらに熱くなったゼロは、大上段から力任せの一撃を振り下ろした。しかし、これもたやすくかわされた上に、腹部に膝を喰らう。 呻き、くの字に折れ曲がってしまったゼロに、エビルは更なる猛追をくわえる。 アッパー気味の拳を顔面に叩きつける。それで浮き上がってしまったゼロの胸部へ、とどめとばかりに強烈な蹴りを叩き込んだ。 吹き飛ばされたゼロはランサーを取り落とし、地面に何メイルもの引きずり跡を作り横たわる。 それでも彼女は、よろめきながらもゆっくりと立ち上がる。 「しつこいわねえ」 ゼロの様子を見たエビルは、たまらず呟いた。 能力的には自分の方が上、にもかかわらずここまでてこずるとは、驚嘆すべきしぶとさだ。 興味深げにエビルは目の前でもがくゼロの様子を見つめた。 しかし、突如として異変が起こる。いきなり動きが止まったのだ。 戦闘中であるにもかかわらず、ゼロは頭を抱えてうずくまり、苦悶の叫びを上げる。 「ああぅ……うああぁぁぁっ!」 突然苦しみ始めたゼロの様子に、エビルはいぶかしみつつも様子を伺った。 「そう……そういうことなの」 テッカマン同士の感応を利用して、エビルは全てを察した。 もともとテッカマンはラダムにより、侵略の尖兵として生み出されたものであり、ラダムに支配されないゼロはテッカマンとして不完全な存在であるといえる。 しかし、テックシステムの中で植えつけられたラダムの知識や本能はいまだ彼女の中に残っている。 それが今、目覚めようとしていた。 どうやら一定時間以上のテックセットでラダムの本能が頭をもたげてきたらしい。本来のテッカマンにはない不完全さゆえの欠点。 それは人間として戦おうとしているゼロにとって、致命的なものであろう。 苦しみ続けるゼロに、エビルはゆっくりと歩み寄っていった。この様子ならば、倒すのはラダム獣を操るよりも容易いだろう。 ひざまづいて苦しむゼロを見下ろしながら、ランサーを突きつける。 「さようなら……ルイズ」 ランサーを振り下ろそうとした瞬間、ゼロの両肩が展開された。 「ボルテッカァー!」 間髪いれず、切り札が放たれる。 ひざまずいた体勢のまま放たれた一撃は、きれいな草花を焼き払い、草原に黒い道を作り出した。 「危ないわねぇ。全く油断のならない」 寸前でボルテッカをかわしたエビルは、やや離れた高台からゼロを見下ろした。 あれでほとんどの力を使い果たしたのか、ゼロは立ち上がることもできないほどに疲弊している。 正直、あの状況でボルテッカまで放つなんて……。ここで迂闊に攻め込めば、返り討ちにあうことはなくとも思わぬ痛手くらいは受けるかもしれない。 「まあいいわ。もっと面白いことを考えついたから」 エビルは踵を返し、呼び出した飛行型のラダム獣に飛び乗った。テッカマンエビルを乗せたラダム獣はそのまま飛翔していく。 「じゃあね、ルイズ。次を楽しみにしてるわ」 小さくなっていくゼロを見ながら、エビルは口の中で呟いた。 前ページハルケギニアの騎士テッカマンゼロ
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前ページ次ページぜろ☆すた ポケットきゃらくた~ず 「わ~……、ミス・ロングビルだけ大きくなってるよ~……」 元に戻ったロングビルを見上げ、キュルケは彼女を質問責めにする。 「何で何で~? どうやってやったんですか~?」 「え? え? あの……」 「本人に聞いてもわからないんだから、困らせないの……」 しどろもどろになったところでルイズから助け舟を出されたロングビルだったが、微笑ましげにテーブル上のルイズ達3人を眺め、 「……でもこうして見ると、私達こんなに小さくなっていたのですね」 するとこなたもロングビルの胸元をじっと見上げ、 「でもこうして見ると――本当にロングビルさん大きかったんだなあ~って……」 「どこ見て言ってるのよ!!」 こなたの視線の先にある物を察して、ロングビルは顔を赤らめ、ルイズは鋭くツッコミを入れた。 「う~ん、ミス・ロングビル1人だけ元に戻るなんて……」 「それもほんといきなりだったわよね……」 ロングビルを眺めつつ、改めて呟いたルイズ・キュルケ。 そんな2人の視界の端では、こなたがロングビルの服の袖にしがみついてよじ登っている。 「はい……。なので自分でもどういう事なのかさっぱり……」 「まあ、戻れたんだからよかったじゃん」 と、こなたはロングビルの赤面などおかまいなしで彼女の胸元に足から潜り込んでいた。 「あんたはどこに入って言ってるのよ……」 すると今まで沈黙していたギーシュ・カトレアも、 「でも、これで元に戻れる事はわかったな」 「そうだね。ちょっと安心したかも」 と揃って安堵の表情になる。 「よかった~、私達元に戻れるんだね~」 「そうね。でも肝心の方法がまだ……」 まだ楽観はできないという口調のルイズにこなたは気楽な態度で語るが、 「やー、もう1例出たわけだし、そんなに急がなくてもいいんじゃない? 私達もそのうち--っと……、お……」 そう言いつつロングビルの服の内部に滑り込んでいく。 「うおっ!? ぶふっ! うぐう!」 と悲鳴を上げながら上着の中を転がっていき、スカートの上に落下した。 「何してんのよ……」 ルイズからのツッコミを聞き流し、こなたは起き上がってロングビルに文句を言う。 「もうっ、駄目じゃん、ロングビルさん! ちゃんと寄せててくれなくちゃ!」 「す、すみません……」 思わず謝罪の言葉を口にしたロングビルがこなたを卓上に戻すのを、ルイズはどんなクレームだと言いたげな視線で見ていた。 「しかしロングビルさんの服の中を転がり落ちられるなんて、これぞ漢の浪漫てやつだあね♪」 「あんた女でしょうが……」 こなたのオヤジな思考にルイズが呆れたその時、 ――グウウウウ…… ルイズの腹の虫が盛大に鳴った。 「そ、そういえばごはんどうしようね?」 「……もうそんな時間……」 赤面したルイズにあえて話を振らずそんな会話を交わすカトレア・タバサを、 「あ、では……、皆さんうちへいらしてはどうでしょうか?」 ロングビルはそう一同共々誘ったのだった。 「まあ~、コナタさん可愛くなっちゃって~♪」 「ども、お褒めにあずかり」 「お人形さんみたいね~」 ロングビルの家に到着した早々、ティファニアはこなたを掌に乗せて満面の笑顔になった。 「……何か、テファって理解力ありすぎない……?」 「この姿見ても驚かなかったね……」 まったく動じた様子の無いティファニアの態度を少々訝しがるルイズ・キュルケだったが、ロングビルはにこやかに微笑むのみだった。 「ティファニアなら話しても問題無いと思いましたので……」 「小さいお姉さんも見たかったわ~」 そんな事を言う2人にギーシュは、 (何だかもう、小さくなった事を秘密にするって感じじゃないな) などと考えていた。 「では私、着替えてきますね。戻りましたら食事の準備をしますので……」 そう言って家の奥に入っていくロングビルを見送り、 「いいな~、私も着替えたいよ……」 「そうね。キュルケは服が汚れちゃったし、何とかしないとね」 と言ったキュルケに今度はティファニアがにこやかに微笑み、 「じゃあ、キュルケさんもお着替えする?」 「え? でも洋服が……」 「うふふ、あるじゃない、その姿にぴったりなサイズの服が♪」 ティファニアはキュルケを左腕と腹部の間に挟み込むようにして、 「じゃあ、キュルケちゃんはこっちへ~♪ みんなはお菓子でも食べててね~」 やはり家の奥へと入っていった。 「な、何でテファあんなにノリノリなんだろ……?」 その後、一同は菓子をつまみつつ雑談に興じていた。 「へ~、コナタあのフィギュア揃ったのか~。凄いな~」 「流石コナタだな♪」 「ふふ~ん、まあね♪ 私の愛の深さゆえの巡り合いだったね~」 「やっぱり僕は愛が足りなかったんだな……」 「そういうものなのか?」 そんな会話を交わしていたこなた達をよそにカトレアは棒状の焼き菓子を短く折って、 「はい、コナタちゃん」 とこなたに差し出した。 「ん?」 「食べやすくしといたよ♪」 「おー、ありがとう、カトちゃん」 薪程の大きさがある(ように思える)焼き菓子をカトレアから受け取って、それにかぶりつき始めるこなた。 「………!」 そこでこなたは、ルイズが焼き菓子の盛られた皿に背を向けカトレアの方を見つめている事に気付いた。 「あれ~? ルイズ、食べないの?」 「ダイエット中よ! 言わなかったっけ?」 声をかけてきたこなたに、ルイズはそう言ってそっぽを向いた。 「そんな事言ってダイエットばっかりしてると、元の大きさに戻れないよ~?」 「それとこれとは話が別でしょ!」 こなたの軽口にそう返答したルイズだったが、しばらくして思案の表情になり、 「……ねえ、コナタ?」 とこなたに声をかけた。 「あい?」 「何でミス・ロングビルは元に戻れたんだと思う?」 「ん~、そうだねえ。私が思うに――」 「思うに?」 ルイズの瞳に期待の色が濃くなる。……だが、 「やっぱりこの姿のままじゃ、サービスってやつができないからじゃないかな! ほら、ロングビルさんってそういう要素が満載じゃん?」 こなたの返答は普段通りの軽口同然のものだった。 「誰宛てに何をどうサービスするのよ……?」 「だから、るいずんもサービス精神旺盛なキャラになればいいんだよ。っていうか、そういうスペックにバージョンアップ!」 「は!?」 ルイズはこなたの瞳に宿った異様な光に危機感を覚えて後ずさりするが、 「GO! マルコメ!!」 こなたの声に、ルイズへ手を伸ばすマリコルヌ。 「のあっ!?」 抵抗らしい抵抗もできないうちにルイズはマリコルヌに摘み上げられ、制服の上着をたくし上げられる。 「ぎゃああ! やめなさいい!! やめっ!! あんたのそのオヤジ的思考は何とかならないのおお!!」 「――とは言ってみたものの、ルイズじゃそう簡単に萌えは付かないかもね~。ツンデレは重要だけど♪」 こなたが指を鳴らすとマリコルヌは手を放し、ルイズの体はテーブルの天板に落下した。 当然ながら天板に叩きつけられたルイズは恨みのこもった声で、 「あ、あんた達ねえ~……。ちょ……、ちょっとは……、オタクっていう以前に……、ものの程度を知りな……さいよ……」 衣服は乱れ、呼吸は荒くなり、顔は紅潮しているという状態で切れ切れにそう言葉を口にしたルイズ。 するとそれを見たギーシュ・こなた・マリコルヌは、 「い、意外と今キタんじゃないか?」 「ぬう、ひょっとしたら結構イケるんじゃ……?」 「あの悩ましい目ができるのは、かなりのやり手だと思うね」 とひとしきり話し終えた後、こなたはルイズに向き直って肩を竦める。 「でも何も起きなかったねえ」 「あのねえ……、あんたの言う需要に対しての供給みたいなのじゃなくて、ミス・ロングビルだけが元に戻った原因が知りたいの!」 するとそこへ、 「はーい、皆さん、見てくださ~い♪」 ティファニアが部屋に戻ってきた。 「じゃーん、お披露目で~す♪ お人形さんのドレスを着せてみました~♪」 ティファニアの掌の上には、可憐なドレスに身を包み照れくさそうに赤面しているキュルケの姿があった。 その可愛らしさに思わず見とれる5人。 『……お、おおおおおっ!!』 「流石キュルケ、似合うじゃん!!」 「キュルケ、可愛いよ!」 「萌えだな♪ 萌え萌えだな♪」 大きな歓声を上げたかと思うと、こなた達はティファニアを取り囲み口々にキュルケを称賛した。 「マルコメ、写メ!!」 「あいよっ♪」 とマリコルヌは遠話の手鏡を取り出し、ギーシュと共にキュルケを撮影し始める。 そんな3人の様子をルイズは、 (なぜかしら……。3人の頭上に逆三角形の建物が見えるわ……) などと考えつつ眺めていた。 2人が一通り撮影し終えるのを見届けて、ティファニアが意味ありげに笑みを浮かべる。 「あ、でもね、これで完成じゃないんですよ~」 「え?」 「うふふ~、こ・れ♪」 ティファニアが差し出したのは、レースの切れ端と言っていい大きさのベールだった。しかしそれでも小さなバラの花の装飾が施されている。 それをキュルケの頭部に被せるティファニア。 「はいっ♪」 言葉と共に披露されたドレス(完成形)を纏ったキュルケは、小さいながらも花嫁のようでさらに魅力が増した。 キュルケの姿を見たこなた達3人はしばらく彼女に視線を向けて硬直していたが、 『萌え!!』 と口を揃えて一声上げると、先程にも増して大きくどよめいた。 「テファ、凄いよ。こんなにキュルケの萌え度を上げるなんて!」 「あらそうですか? 嬉しいです♪」 こなた・ティファニアの会話を照れくさそうに聞いていたキュルケだったが、 「!?」 突然体に何かを感じて目を見開いた。 こなたも突然聞こえてきた物音に、音がした方向を振り向く。 時間は少々遡って、ロングビルの私室。 「んはっ」 部屋着から頭部と両腕を出して、眼鏡をかけるロングビル。 着替えを終えて脱衣所に向かい、洗濯物を籠に放り込んだところで手が止まる。 「……普段の何気無い行動でも、小さいと不便そのものですね……。ひょっとしたら当たり前の事を当たり前にできるのは、とても大切な事なのかもしれませんね」 そう呟いて籠に放り込む作業を再開する。 「皆さんも早く元に戻れるといいのですが……」 と口にした時、突然居間の方から大きな音が聞こえてきた。 「……な、何の音でしょう……」 慌てて居間へと戻り、扉を開ける。 「皆さん、どうかしたんで……す……か?」 そこまで言って、ロングビルは言葉を失った。 居間では、こなたが床に倒れたギーシュの胸の上に倒れ、ルイズもマリコルヌの腹の上で倒れ、キュルケは全裸・涙目でテーブルの上に座っていて(しかもなぜか元の大きさに戻っている)、カトレアはタバサに押し倒され、ティファニアはキュルケに上着を羽織らせようとしていた。 「……え、あの、これはどういう……? あ……、ミ、ミス・ツェルプシュトーが元に……。いったい何が……」 「それが……、キュルケさんが急に大きくなってしまって……」 困惑の笑みと共に、ティファニアはロングビルがいない間の事を語り始める。 吹き上がる白煙と共にキュルケが元の大きさに戻った瞬間、膨張した彼女の体に弾き飛ばされてこなた・ルイズの体は宙に舞った。 一直線に飛ぶこなたの進路にカトレアが立っている事に気付いたタバサは彼女を抱き寄せるが、その拍子に足を滑らせ、押し倒す形で2人は床に倒れ込む。 一方こなたは、カトレアの後方に立っていたギーシュの顎を直撃。ギーシュは大きくのけぞって床に倒れる。 そしてルイズも進行方向にいたマリコルヌの腹部に激突したものの、マリコルヌは何とか踏みとどまった。 「~っ!?」 キュルケも訳がわからず、言葉にならない混乱した叫びを上げる以外不可能だった。 「……という感じで、吹き飛ばされたお二人に皆さん巻き込まれてしまったのですよ……」 事の次第を聞いたロングビルは心配そうに、 「ええと……、見たところ皆さん無事なようですが……」 と一同を見回していたが、キュルケに視線を向ける。 「ミ、ミス・ツェルプシュトー……」 「う~、いきなり大きくなっちゃうから、服がビリビリよ~っ」 涙を流すキュルケの姿に、ロングビルはふと違和感を覚える。 「なぜミス・ツェルプシュトーだけ大きく……。服は……?」 「たぶん人形の服だからよ」 首を傾げたロングビルの疑問に、そう答えたのはルイズだった。 「ミス・ヴァリエール……」 「ほら、テーブルにあるキュルケのリボンが大きくなってるでしょ……。たぶん制服も元に戻ってるはずよ……」 テーブルに視線を向けると、確かにベールを被せるために外されていたキュルケのリボンも、元の大きさに戻っていた。 「ミス・ロングビルの時は制服を着たままだったから大丈夫だったけど、キュルケは別の服を着てたから体だけ大きくなったのよ」 「キュ……、キュルケ……」 丁度その時、仰向けに床に倒れ気絶していたギーシュの胸元で、こなたがそう声を出した。 まだ立ち上がる事も不可能なようで、這い寄るようにギーシュの胴体の上を進み、 「服が破けるなんて今時アイドルでもやらない、そんな王道シチュ……GJ」 そう言い残し、がくりと倒れ込んでしまった。 「ミ、ミス・コナタ!」 こなたが倒れた事に狼狽するロングビルを、ルイズは少々呆れが入った表情で眺めていたが、 「……! ……そ、そうか……」 ルイズはある事に気付いて声を上げる。 「みんな! わかったわよ! 2人が元に戻れた理由が!!」 前ページ次ページぜろ☆すた ポケットきゃらくた~ず
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虚無! 伝説の復活 その① 声がする。 「――! ――!!」 誰の声だろう。 「――様!」 誰に呼びかけているのかな。 「ギーシュ様! 目を覚ましてください!」 誰――。 ギーシュはゆっくりと瞼を開けた。疲労しきっているらしく、視界がぼやける。 「あっ……よかった、ご無事で……」 ぼやけた視界の中、誰かが泣いている。その涙が、ギーシュの唇に落ちた。 右手でそっと自分の唇を撫でて、ああ、あの水は夢でも幻でもなかったのかと理解する。 続いて自分の顔の上で泣いている彼女の涙を指で拭ってやる。 「やあ……シエスタ。草原を燃やしてしまってすまない……村は無事かい?」 「ええ! 無事です、みんな生きてます。ギーシュ様のおかげです!」 「そうか……」 どうやら自分はシエスタに半身を抱き起こされているらしい。 首を横に向けてみると、自分達の周囲を火が包んでいた。 「シエスタ、逃げるんだ。このままでは君まで焼け死んでしまう」 しかしシエスタは首を横に振り、ギーシュの両脇に後ろから腕を入れ、引きずり始める。 意外と大きいシエスタの胸がギーシュの後頭部に触れるが、それどころではなかった。 「駄目だ、女の子一人の力じゃ……僕の事はいいから、早く逃げ……」 「ジョータローさんのお友達を! タルブの村を守ってくれた恩人を! 平民の私とお友達になってくれたギーシュ様を、見捨てるなんてできません!」 頑としてギーシュを放そうとしないシエスタ。 火はますます強まり、煙が二人を包み始める。 「ゴホッ、ゴホッ……」 「し、シエスタ……もう、いいから……!」 「い、嫌です。死んじゃったら、もう会えないんですよ!」 煙が目に沁みて涙が出てくる。とても目を開けていられず、シエスタは転びかけた。 「キャッ!」 だが、そんな彼女を後ろから誰かが支える。 「大丈夫か、シエスタ!」 「えっ、お、お父さん!?」 煙で痛む目で何度もまばたきしながら、シエスタは振り返って父の姿を見た。 そして、父だけじゃない、タルブの村のみんなが向かってきている。 「あそこだ! シエスタと貴族様はあそこにいるぞ、早く助けるんだー!」 「火を消せ! 水をかけろ! 土をかけろ!」 「貴族様が怪我をしちまってる! 手当てだ、薬草と包帯の用意をさせろ!」 「火の周りの草を刈っちまえ! そうすりゃ火は広がらねえ! 農具をもってこい!」 何人もの無力な平民の村人が、力を合わせてギーシュを助けようとしている。 兵隊が逃げ出すような恐ろしいゴーレムを相手に、 たった一人で立ち向かった少年のメイジの姿に彼等は心を打たれていた。 だから、シエスタがギーシュを助けるために森から飛び出した後、 敵兵や草原の火事に恐怖しながらも、シエスタの父が村人に奮いをかけたのだ。 後はもう雪崩のように村の大人達がギーシュとシエスタの救助に向かった。 「貴族様、大丈夫ですか!?」 ギーシュはシエスタの父に背負われ、シエスタも父に寄り添って避難しているのを見ると、 ようやく安堵を感じて微笑む事ができた。 「……ありがとう」 「こちらこそ、村を守ってくれた貴族様にお礼を言いたいくらいでさ」 「僕が君達の恩人であるならば……君達も僕の恩人だ」 「き、貴族様にそこまで言っていただけるたあ……何だか無性に照れちまいます」 ギーシュと父の会話を聞いて、シエスタはとても嬉しくなった。 ついこの間まで、貴族と平民には決して越えられない壁があると信じていた。 けれどそれを承太郎が打ち破って、貴族の典型だったギーシュも態度を変えて。 同じ人間なのだから、解り合える、助け合える。 それはとても画期的な発想で、それはとても素敵なものに思えた。 そして――シエスタは空を見上げた。 日食が進む中、竜の羽衣と二匹の風竜が飛び回っている。 さらにレキシントン号が竜の羽衣目掛けて砲撃しているようだ。 「ジョータローさん……ギーシュ様はご無事です。だから、だから貴方も……!」 すでに錨を上げたレキシントン号は、後甲板を爆発させられた事に激怒し、 必要以上に謎の竜――ゼロ戦を狙い撃っていた。 いかに承太郎でも、ゼロ戦の中ではスタープラチナの能力を生かせない。 せいぜいガンダールヴの能力で得た情報を元にゼロ戦を精密操作する程度だ。 砲弾や魔法は回避できる。だが反撃はできない。逃げ回るだけだ。 シルフィードの上からタバサとキュルケが風と火の魔法で援護するが、 レキシントン号の相手はさすがに無理だし、 ワルドの操る風竜に当てるのも至難の業だった。 そして刻一刻と日食は進んでいる。このままではジリ貧だ。 「ジョータロー! 破壊の杖を持ってきてるんでしょ? それを使って何とかできないの!?」 「もう使っちまった。こいつも銃の一種、弾が切れちまったら役に立たねー」 「じゃあどうす――」 「しっかり掴まってろ!」 ワルドの放ったエア・スピアーが機体をかすめ、ガクンと揺れる。 膝の上にルイズが座っているため、下手に旋回などをするとルイズが危ない。 そのため先程から承太郎は戦場でありながら安全運転をしいられていた。 「大丈夫か?」 「痛たたた……だ、大丈夫」 機体が揺れたショックで、ルイズは頭を風防にぶつけたらしかった。 涙目になりながら頭をさすっていると、承太郎の足元に始祖の祈祷書が落ちていると気づく。 さっきの衝撃で落としてしまったらしいが、この竜の羽衣を動かすには、 何か足も使って変なの踏んだりしないといけないっぽいし、 邪魔になってはいけない――と、ルイズは祈祷書を拾った。 白紙のはずの祈祷書に文字が浮かんでいた。 「……はえ?」 「ん? ハエがいるのか?」 ルイズの呟きを聞き、コックピット内を見回す承太郎。無論ハエなど一匹もいない。 「ちょ、ちょっとしばらく竜の羽衣を揺らさないで!」 慌ててルイズは祈祷書を確認する。間違いなく文字、古代のルーン文字だ。 勉強家のルイズはそれを読む事ができた。 序文。 これより我が知りし真理をこの書に記す。 この世のすべての物質は、小さな粒より為る。 四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。 「じょ、ジョータロー。その、祈祷書に何か書いてある」 「……何の事だ? 文字なんて見当たらねーが……」 「で、でも、確かに……」 ルイズは困惑した。だって何回見ても白紙だったのに、何でいきなり古代ルーン文字? しかも承太郎には見えない? どうして自分には見える? ルイズは恐る恐るページをめくったて文章を読み上げた。 神は我にさらなる力を与えられた。 四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒よりなる。 「って書いてあるんだけど……何の事かしら?」 それを聞いて承太郎は眉をひそめる。 「小さな粒? まさか原子や粒子の類か?」 「ゲンシ? リュウシ?」 「科学の話だ。だがそんな物が魔法の本に出てくるという事は……。 ルイズ、お前に文字が見えるんなら、それを全部読んでみろ。 口には出さなくていい、舌を噛まれると困るからな」 「う、うん」 何だかよく解らないが、とにかく読んでみよう。ルイズは始祖の祈祷書に視線を下ろした。 神が我に与えしその系統は、四のいずれにも属せず。 我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 四にあらざれば零(ゼロ)。零すなわちこれ『虚無』。 我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん。 「虚無の……ええっ!? きょ、虚無の系統って書いてある!」 「そいつはたまげた。しかしガンダールヴも伝説の虚無の使い魔らしいからな。 ほれ、とっとと続きを読みな。お前がそれを読みきるまで、ゼロ戦は沈ませねー」 これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。 またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。 志半ばで倒れし我とその同胞のため、 異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。 『虚無』は強力なり。また、その詠唱は永きに渡り、多大な精神力を消耗する。 詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。 従って我はこの書の読み手を選ぶ。 例え資格無き者が指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。 選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。 されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』 その後に続くルーン文字を見ながら、ルイズは全力で呆れた。 自分の右手の薬指に嵌められた水のルビーを見て、呟く。 「つまり――この指輪が無きゃ、宝の持ち腐れって事ね。 注意書きすら条件満たさないと読めないなんて、頭悪いんじゃないの?」 そして呆れがスッと引き、次に疑問と興奮が湧いてくる。 これってつまり、自分がその『虚無の担い手』って事なのだろうか? 昨晩承太郎とした話を思い出す。 伝説の虚無のメイジの自分と、伝説の虚無の使い魔のジョータロー。 とても素敵な夢に思えた。 でもそれは今、夢どころか、どうやら現実らしい。この始祖の祈祷書を信じるなら。 「……ジョータロー。祈祷書、読んだけど、どう説明したらいいか……」 「要点だけ掻い摘んで説明してみな」 「あー、その、祈祷書によれば、これを読めるのは、虚無の担い手だけなんだって。 つまり私は虚無の担い手で、その、初歩の初歩の初歩の虚無の魔法の詠唱が書いてある」 「ならさっそく詠唱を頼むぜ。注文があったら先に言いな」 「で、でも、私、一度も魔法成功してない……」 「サモン・サーヴァントは成功しただろう? せっかくだから虚無の魔法とやらも成功させちまいな。伝説の存在になれるぜ」 ルイズは思考を走らせ、何となく身体のうちから湧いてくる『確信』を掴み取る。 「……何とか、できると思う。ジョータロー! あの一番大きな戦艦に近づけて! 詠唱はすごく時間がかかるみたい。いつ発動できるか解らないから、よろしく!」 「アイアイサー。ちぃーとばかし無茶な注文だが、何とかしてみるか」 承太郎は機首をレキシントン号に向けた。 スタープラチナの目が、こちらに向けられる多数の砲門を確認する。 ルイズの詠唱の邪魔をしないよう無茶な回避はせず、 あの大量の砲門から発射される弾をすべて回避しながら、 追ってくるだろうワルドの魔法も回避しなくてはならない。 無茶な注文だ。だが、今の承太郎は不思議と無茶だと思っていなかった。 左手に刻まれたガンダールヴのルーンが光り輝く。 竜の羽衣がレキシントン号に向かうのを見て、ワルドは首を傾げた。 まさかレキシントン号に特攻でもかけるつもりだろうか? いや、あのガンダールヴなら一人で戦艦を制圧しかねない。 「させるものか」 ワルドは風竜をレキシントン号へ向けた。 竜の羽衣がレキシントン号に向かうのを見て、キュルケはヒステリックに叫んだ。 「ちょ、何考えてんのよ! 自殺する気!? タバサ、どうしよう!?」 「……あの機動力なら何とかなるかも。でも私達は無理、撃ち落とされる」 「だからって……黙って見ているなんてできないわ!」 「もちろん。だから、しっかり掴まってて」 「え?」 無理、撃ち落とされる。そう言ったタバサは、シルフィードをレキシントン号へと向けた。 竜の羽衣と二匹の風竜が近づいてきて、レキシントン号の乗組員達は困惑した。 だが何を企んでいようと、撃ち落とせば問題ない。すべての砲門が竜の羽衣を狙う。
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ルイズが倒れていく。 糸が途切れた人形のように、力なく自らの血溜りに沈んでいく。 彼女に遅れ、宙に舞ったネックレスが落ちていく。 それは彼がルイズに贈ったプレゼント。 二人の絆の証はワルドの杖に断ち切られていた。 石床に落ちたネックレスが乾いた鈴のような音を立てる。 それを耳にした瞬間、彼の中の何かが終わりを告げた…。 「っ……!」 自らの偏在に斬られ倒れ伏すルイズの姿。 正気に立ち戻った彼は自身の蛮行に凍りついた。 ワルドとて彼女を傷付けるつもりは無かった。 しかし、歯止めの利かない何かが彼の身体を突き動かしたのだ。 杖を握り締めたまま、ワルドは呆然と立ち尽くす。 しかし、微かに聞こえたルイズの呼吸が彼を現実に引き戻した。 彼女はまだ生きている。 出血の割に、それほど深手ではなかったのか。 彼女に手を上げた事実は変わらないが、 起きてしまった事は取り返しがつかない。 今はこのアクシデントを最大限に生かすべきだ。 使い魔の意識は完全にルイズへと向けられている。 この隙に逃げ果せるかもしれない。 既にフライの詠唱は終わっている。 後は、この杖を振り下ろすだけでいい。 ワルドが杖を振り上げた刹那、 礼拝堂に雷鳴にも似た音が響き渡った。 どさりと重い音を立ててウェールズの遺体が落ちる。 その顔の上に朝露のように滴り落ちる鮮血。 それはだらりと垂れ下がったワルドの腕から垂れていた。 彼の肩口には大きな穴が穿たれていた。 そこから止め処なく血が溢れる。 「チィ…! 外したか!?」 声のした方向にワルドが視線を向ける。 そこには壁に背を預けたまま、銃口を向けるアニエスの姿。 最初に捨てた銃を拾って再装填したのか。 「貴様ッ…!!」 武器を失い、動けないと思っていた相手からの逆襲。 油断していたとはいえ、平民に手傷を負わされたのだ。 屈辱に彼の怒りは沸点に達した。 アニエスの身を八つ裂きにせねば気は収まるまい。 しかし直後、彼はウェールズの遺体を置いて全力で飛び去った。 冷静に戻ったのではない、引き戻されたのだ。 頭に上った血さえ凍りつくような恐怖を彼は体感した。 それは訓練や実戦で得られた勘などではない。 生物が持つ、純粋な生存本能が彼を死より遠ざける。 「ウォオオオオオオオム!!」 ルイズの傍らに寄り添い、気が狂わんばかりに叫ぶ。 胸元から首筋まで断ち切られた傷跡。 それを前にして彼は吼え続けた。 「落ち着け! 彼女は無事だ!」 彼を落ち着かせようとアニエスが伝える。 致命傷と思えた一撃は彼女の命を奪うに到らなかった。 大量に血を失った所為か、顔色は悪いが自発的な呼吸もある。 それに心臓の鼓動も脈もしっかりしている。 安堵した直後、彼女は我が目を疑った。 切り開かれたルイズの傷が見る間に塞がっていく。 奇跡と呼ぶに相応しい現象を前に、彼女は驚愕するより他になかった。 彼が分け与えたバオーの分泌液は未だルイズの体内で作用し続けていたのだ。 これが偶然だったのか、必然だったのかは判らない。 確かなのはルイズが助かるという事実のみ。 放心状態にあったアニエスの顔にもようやく喜色が浮かぶ。 そうして振り向いた先に彼の姿は無かった。 気が付けば彼は既に礼拝堂の出口へと歩みだしていた。 繋ぎ合わせた前足が動くのを確かめると、彼は疾風の如く駆け出して行く。 「待て!」 その背に声を掛ける間などありはしない。 火勢の衰えぬ礼拝堂の中は灼熱と化している。 このまま放置すれば一命を取り留めたルイズとて危ういのだ。 そんな事はアイツだって判る筈だ。 なのに、守るべきルイズを放り出して何処に行くのか。 痛む足を引き摺りながらアニエスは彼女を運ぼうとする。 歯を食いしばって上がりそうになる悲鳴を押し殺す。 大丈夫だ、痛いのは神経が繋がっている証拠だ。 ならば、まだ足は動かせる。動かなくとも気合で動かす。 「……、………!?」 痛みで意識の飛び掛ける中、彼女は誰かの声を聞いた。 それが誰かを思い出そうとしても頭に靄がかかる。 ここにいる筈がないと、彼女が無意識の内に自覚していたからだろう。 聞き覚えのある声は更に大きく、鮮明に聞こえてくる。 突如、脚に走っていた痛みが和らぐ。 感覚を失ったのかと危惧し、彼女は自分の脚へと目をやった。 そこには地面より離れて浮き上がる両足。 気が付けば、自分の身体は誰かに抱え上げられていた。 顔を上げた瞬間、アニエスはアレが誰の声か思い出した。 「ギーシュか…! お前、どうしてここに!?」 「勿論、追って来たに決まってるじゃないか」 「バカか! ここは敵に囲まれているんだぞ!」 「なら、尚更アニエスを置いていく訳にはいかないさ」 笑顔で応えたつもりが、ギーシュの顔は引き攣っていた。 女性一人を持ち上げる腕力など貧弱な彼にある筈がない。 それでも男らしい所を見せようと彼女を抱き上げているのだ。 その証拠に今も彼の脚はプルプルと震えている。 唇が触れ合うような距離で二人が向かい合う。 その事に気付いたアニエスの顔が瞬時に赤く茹で上がる。 まともに男性と付き合った事がないどころか、女性らしい扱いもされなかった彼女だ。 こうしてお姫様抱っこされるなど初めての経験だった。 「い…いいから降ろせ! 自分で歩ける!」 「わ、た、頼むから暴れないでくれ! どう見たって、その脚じゃ無理に決まっているだろ!」 まるで子供が駄々をこねるように腕の中でワタワタと暴れ回る彼女を、 ギーシュは足を踏ん張って懸命に押さえ込む。 しかし、アニエスも何とか離れようと必死だった。 ドキドキと高鳴る心臓の音を聞かれやしないかと気が気ではない。 こうして男性に身を任せるなど彼女には考えられない。 唯一、自由になる両手で必死にギーシュを叩く。 ちなみに本人にとってはポカポカ叩いているつもりでも、 ギーシュにとっては内臓に響くボディーブローの連打である。 プルプルと震えていた膝は遂にガクガクと上下に揺れだす。 「…………」 そんな二人をタバサが冷めた目で見つめる。 ルイズは自分に任せて、ギーシュに彼女を運ぶように自分は頼んだ。 だけど何故あの男は怪我人を抱き上げているのだろうか? それも、見ているこっちが恥ずかしくなるようなお姫様抱っこで。 ギーシュが助けを求めるようにタバサへと視線を向ける。 その彼女の横には、レビテーションで浮かべたルイズの姿があった。 「と…とにかく早くここから脱出しないと」 気を取り直したギーシュが口を開く。 余計な事で時間を食ってしまったが事態は深刻だ。 既に城内は敵に包囲され、いつ殺されてもおかしくない状況にある。 もはや強行突破しかないのかと本気で考える。 ルイズ達と合流した今ならあながち不可能ではない。 しかし頼りにしている彼の姿は何処にも無かった。 「アイツなら外に飛び出していったぞ」 「外にってルイズを置いてかい?」 ギーシュの疑問に答えたのはワルキューレに抱えられたアニエスだった。 思わずギーシュが聞き返す。 まださっきの事が尾を引いているのか、未だに顔を赤らめたまま彼女は頷いた。 加えてワルキューレに抱き上げられている事もあるだろう。 レビテーションを使っている間は他の魔法は使えない。 それでは敵と遭遇した際に応戦さえも出来ない。 そこでルイズとアニエスの二人をワルキューレに運ばせる事にした。 放置しておく訳にもいかず、同様にウェールズの遺体も持っていく。 ギーシュとアニエスが顔を見合わせる。 二人とも考えている事は同じだった。 いや、恐らくはキュルケ達も同意見だと思う。 彼が怪我したルイズを置いて何処かに行く筈がない。 誰もがそう考えている。 しかし、現に彼はここにはいない。 「…敵を撹乱しに出たのかもしれない」 タバサがポツリと呟く。 彼女とてそれが正しいのかどうか判らない。 ただ、そうあって欲しいと思っただけかもしれない。 まるで私達から逃げ出すかのような彼の行動。 そこにタバサは微かな不安を感じていた。 どちらにせよ、ここでこうしていても答えは出ない。 「この城に脱出路は?」 「地下空洞に繋がる隠し港がある。 そこから非戦闘員を載せた避難船が出航する手筈だ」 簡潔なタバサの問いにアニエスも的確に答えを返す。 それに頷きで返すと彼女に道案内を頼んだ。 先陣を切ってキュルケが前へと歩み出る。 敵で溢れかえった城内で、戦闘を回避するのは不可能。 図らずも初陣となった彼女に怯えは無かった。 しかし、いつものような高揚も無い。 ただ静かに彼女は振り返らずアニエスに訊ねた。 「…ねえ、貴方アニエスって言ったわね? 道すがらでいいから教えてくれるかしら。 ここで何が起きたのか、どうしてこの子が巻き込まれたのか、 そんでもって何処のどいつが、この子をこんな目に合わせたのかを…!」 顔は見えずとも語気だけで怒りが伝わってくる。 身に纏う空気だけで肺が焼かれそうな気迫。 “微熱”は礼拝堂を焼く炎の如く“灼熱”と変わっていた。 礼拝堂から少し離れた城内の廊下。 そこを息を切らせながら少女が駆ける。 着慣れたメイド服が今は鉛のように重たい。 スカートの端を摘み上げても走るのには向かない。 それでも彼女は懸命に脚を動かし続けた。 振り返りもせずに、背後から迫る恐怖から逃れようとしていた。 直後、彼女の身体が縫い止められた。 振り向けば、そこには自分の三つに編んだ髪を掴む男の姿。 雑多な武装で身を包んだ山賊紛いの粗野な風貌。 明らかに貴族派の正規兵とは違う。 獣臭のする荒い吐息を掛けながら男が歓喜の声を上げた。 「戦利品だァーー!!」 髪を乱暴に掴まれて泣きじゃくる少女の事など気にも留めない。 それは男が宣言した通り、人ではなく物を扱うかのような振る舞いだった。 そのまま少女を組み伏せようとする男の背後から、数人の男と頭目と思しき人物が現れた。 どこかで拾ったワインの瓶を片手に持ち、それを煽りながら男に注意を促す。 「遊ぶのは構わねえが、さっきみたいに壊しちまうんじゃねえぞ? そいつらは後で商品として売りに出すんだからよ」 「へへ、分かってまさあ」 目線だけを送りながら会話していた男が、懐から短刀を取り出す。 そして、まるで撫でるかのように彼女の襟に刃を這わせた。 表情に嫌悪を浮かべるも恐怖に硬直した身体は動かない。 助けてくれる騎士様は何処にも居らず、屈強な傭兵達にメイドが敵う筈も無い。 「いい子だ、さっきの嬢ちゃんみたいに暴れてくれるなよ。 手が滑って中身まで裂いちまうからよ」 「ひっ…!」 その一言に彼女は完全に凍りついた。 それに下卑た笑みを浮かべながら男は刃を引き下ろす。 刹那。男の視界に血飛沫が飛び散った。 身体を刻んだつもりはないが、刃が何処かに当たったのか。 目の前の女は目尻に涙を浮かべたまま、こちらを凝視している。 死んでないなら問題はない。少し傷が付いても値が下がるだけだ。 愉しむ分には何の障害にもならない。 だが、男にある違和感が走った。 少女が見ているのは自分ではない、その隣だ。 不意に、彼は視線を移した。 そこにあったのは短刀を握った自分の右手。 本来あるべき場所からは血が溢れ出していた。 「ッッァァァアーー!!?」 思い出したかのように走る痛みに蹲る。 俯いた彼の目が床に落ちる自分とは別の影に気付いた。 見上げた瞬間、それは張り付いていた天井から舞い降りる。 見た事も無い蒼い獣。 その前脚が男の被った鉄兜へと当てられる。 叩き付けたのでもなく、引っかいたのでもない。 ただ、ぽんとそこに置かれただけの脚。 しかし、それは死神の鎌そのものだった。 頭目の手から滑り落ちた瓶が音を立てて砕け散る。 彼は今、ありえない物を見ていた。 飴のように溶けた兜と頭蓋骨がドロドロに入り混じる。 それが、ぐにゃりと粘土のように捻じ曲がり潰れていく。 倒れた男の顔は、もはや人間としての原型を留めていなかった。 傭兵の頭目として生きてきた彼は死を恐れてはいなかった。 生と死の狭間にあって、幾度も人の死を目撃してきた。 運が無ければ人は容易く死ぬ、いずれは誰しもがくたばる。 ただ感覚が麻痺していたのかもしれないが、いつ死んでも後悔は無かった。 そう思うからこそ、自分の欲するまま悪行の限りを尽くして生きてきた。 だが…今は違う。 許されるならば惨めに頭を地面に擦りつけ、 群集から罵倒され石を投げつけられようとも生きたい。 あんな無惨な死に方だけは絶対にしたくない。 しかし、そんな都合のいい願いが目の前の物に通用する筈が無かった。 逃げ出そうとした脚は糸を引くように断たれた。 床に這いつくばるように転倒した男の背に掛かる確かな重み。 それがあの獣の前脚だと確信して、男は恨めしそうに声を上げる。 「…化け物め」 その言葉を最後に、男の心臓は他の臓器と共に溶け落ちた。 空洞となった男の胴体を見下ろして、バオーは屍に問い掛ける。 “ならば、お前達は何者だ?” ここに到るまでに彼は何人もの屍を見てきた。 自らの身体を盾にした老婆ごと赤子を貫く幾本もの槍。 腹と衣服を割かれて息絶えていた少女。 壁に貼り付けにし銃の的にされた衛兵。 何故、殺すのか。 何故、奪うのか。 何故、悲しまないのか。 ひとつとして彼には理解できなかった。 彼は知らなかった。 同族を戯れで殺す種族の存在を。 何の意味も無く命を奪う生物の存在を。 この地上で最も残忍で、最も恐ろしい物の事を。 新たな敵意の臭いを嗅ぎつけて、彼は駆ける。 ルイズが倒れた今、ルーンの束縛も心の歯止めも無い。 彼は完全に“バオー”として覚醒を果たした。 全ての敵意を刈り取り、己の命を守るだけの存在。 それが今の彼だった。 だからこそ彼はギーシュ達から逃げ出した。 自分を愛してくれた仲間だからこそ、彼等には見せたくなかった。 殺戮を繰り返す化け物に成り果てた今の自分の姿を…。
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純愛! 大和撫子のお持ち帰りぃ! ※このSSはスターダストファミリアーのIFであり、本編とは多少関係があります。 タルブの村の草原――夕焼けの中で――彼女は告白をした。 「私も一緒に連れてってください!!」 瞳いっぱいに涙を浮かべたシエスタが、真っ直ぐに承太郎を見つめて叫んだ。 頬は紅潮し、手も唇も震えている。 けれど、とても綺麗だった。 「……解っているのか? 俺と一緒に行くって事は、もう二度と、この世界に……故郷に……家族の元に、帰ってこられないかもしれない」 「解ってます! そんなの、解ってます! それでも私、私は……」 ポロポロとこぼれた涙を、シエスタは承太郎の胸に押しつけた。 承太郎のシャツをギュッと握りしめ、すがるようにして言う。 「ジョータローさんが……好きなんです……」 「……故郷を……家族を……捨てるつもりか? シエスタ。 おめーが今まで出会いめぐり合ってきたものすべてを捨てるつもりか?」 承太郎の胸の中で、シエスタはしっかりとうなずいた。 「それでも、貴方となら。貴方とならどこでもいい。 貴方と一緒なら、異世界でも、世界の果てでも、構わない。 貧しくても、ひもじくても、住む家さえ無くてもいい。 ジョータローさんと一緒なら……そこが私にとって、幸せのある場所なんです」 「シエスタ……」 シエスタは感じた、肩に置かれている承太郎の手に力がこもるのを。 そして、ゆっくりと、身体を引き離された。 見上げる。彼の顔を。 いつものままの無表情。でも眼差しは優しく、そして――。 「ジョータロー、さん……」 「……シエスタ」 承太郎はゆっくりとシエスタの顔に己の顔を近づける。 ああ、これが答えなのかと、シエスタは理解して――涙がこぼれる。 目を閉じる。すると、承太郎の息遣いが近づいてくるのがよく解った。 緊張で震える唇を、承太郎のそれがふさぐ。 「んっ――」 普段のクールで無愛想な承太郎だとは信じられないような、熱い口付け。 まるで唇が火傷してしまいそうで、けれどその熱が頭の芯までとろけさせる。 シエスタはまさに幸せの絶頂にあった。 まるで夢のような、本当に夢のような、そんな気がする。 夢のようなひとときとは、まさにこの事だった。 その日、シエスタは承太郎と腕を組んで帰宅した。 その姿、シエスタの家族も魔法学院のみんなも、月まで吹っ飛ぶような衝撃を受けた。 その晩、シエスタは承太郎と一緒に、父親に事情を説明した。 シローお爺ちゃんと承太郎は、実は異世界から来た。 そこではカガクという文明が発展していて、平民や貴族といった身分制度は無い。 今度の日食の時、竜の羽衣で太陽に飛び込めばその世界に行けるかもしれない。 成功したら二度と帰ってこれないかもしれない。 この世界に。家族の元に。もう、二度と。 「それを理解した上で……答えてもらいたい。シエスタは必ず幸せにしてみせる。 だから……あんたの娘を、俺にくれ」 「お父さん、私からもお願い!」 シエスタは我が家の長女であり、魔法学院に奉公している大切な稼ぎ頭だ。 弟妹の面倒を見るべく、今まで多くの苦労をかけてきた。 そんなシエスタが、今までわがままを言わなかったシエスタが。 ……父として、断れるはずがない。それが娘の幸せならばと、父親は腹をくくった。 「解った。ジョータロー君、うちの娘を……シエスタを幸せにしてやってくれ」 「……ああ。あんたの父親に誓って」 こうして承太郎とシエスタの父は酒を酌み交わした。 翌日、承太郎はシエスタを残して魔法学院に戻った。 次の日食までが、シエスタが家族とすごす最後の時間となる。 コルベールは熱心にガソリンの錬金をし、承太郎もできる限りの協力をした。 さらにギーシュが「承太郎とシエスタの幸せのためだ」と言って協力してきた。 ドットクラスの彼だったが、なぜか奇跡的に一日で完璧なガソリンを錬金する。 まさに偶然の産物だったが、後はそれを元にコルベールがガソリンを量産した。 こうして日食の日の前日には、ゼロ戦の燃料タンクを満タンにする事ができた。 「という訳でタルブの村に行ってくるぜ。世話になったな」 「まさか平民のメイドにジョータローを取られるなんて……ショックだわ」 「お幸せに」 「結婚式には呼んでくれたまえ! 君の故郷だろうと必ず駆けつけるよ!」 トリステインで得た友人達からも祝福され、承太郎は微笑を返した。 そして、ルイズともお別れの時がやって来た。 「ルイズ……色々あったが、おめーには感謝している。 この世界に召喚されなかったら、お前やギーシュ達、 それにシエスタに会えなかったからな……」 「ふ、フン! 平民同士、お似合いよ。せいぜい幸せになる事ね!」 「……元気でな、あばよ」 こうして承太郎の乗るゼロ戦は飛び立った。タルブの村へ向けて。 タルブの村では、すでにシエスタが荷物をまとめていた。 もういつでも出発準備OKだ。 だがしかし、翌日の出来事。アルビオン軍が攻めてきた。 承太郎はすぐさまゼロ戦で発進。すぐさま竜騎士隊を壊滅させた。 さらにレキシントン号に単身殴り込みをかける。 その際、ゼロ戦はレキシントン号の甲板に特攻させた。まさに神風。 「俺は、生きる! 生きてシエスタと添い遂げる!」 ゼロ戦の前の持ち主の魂が宿ったかのように承太郎は燃えていた。 そしてスタープラチナの凄まじい戦闘力と、時間を止めるという驚異的な能力でレキシントン号を見事に沈める。 その時レキシントン号に乗っていたワルドと鉢合わせたため、オラオララッシュを5ページほど叩き込んで再起不能にしておいた。 ついでにフーケもいたが、彼女はフライの魔法で早々に逃げて行った。 正しい判断だ。 旗艦レキシントン号を失ったアルビオン艦隊は大混乱に陥り、さらに事態を聞きつけたギーシュ達がシルフィードに乗って現れた。 そこでギーシュが再び奇跡を起こした。 「チェェェンジ! ワルキューレッ、ワン!」 三体のワルキューレが空中で合体し、鬼のような姿に変化する。 「ゲッター・ワルキューレ!」 ちなみにゲッター・ワルキューレが飛ぶ理由は簡単である。 タバサがレビテーションで飛ばしているのだ。 なぜか非常にノリノリで。 「ゲッターなら、武器はトマホーク」 などと注文をつけてまでだ。 こうして竜の羽衣と空条承太郎、ゲッター・ワルキューレと青銅のギーシュ、さらにゲッター・ワルキューレの空中操作担当タバサ、さらにゲッター・ワルキューレのビーム担当キュルケ、彼等四人の大活躍によりトリステイン軍は大勝利を収めた! ルイズの出番は無かった。 こうして戦いは終わった! しかし――。 「竜の羽衣、壊れちゃいましたね……」 「ああ……こいつぁもう修理不能だ」 ゼロ戦、レキシントン号に特攻をかけ大破! ボロボロの機体を眺めている承太郎達の上空で、無情にも日食は終わりを告げた。 こうなったら仕方ないと、承太郎はシエスタの父に誘われ、タルブの村に移住した。 シエスタと結婚すると、承太郎はタルブの村にあるブドウ畑を購入した。 資金はギーシュとキュルケとタバサが結婚祝いに出してくれた。 ちなみにタバサは最近実入りがいいらしい。通信販売の手伝いをしているとの噂だ。 ともかく、おかげで良質なブドウが取れる畑を得た承太郎とシエスタは、丹精込めてブドウを育て、ワインを作った。 銘柄は『ヤマトナデシコ』といい、シエスタのような淑女を差すのだという。 『ヤマトナデシコ』はすぐに評判になり、トリステイン王家や魔法学院からもご贔屓にされ、タルブの村の財政は潤った。 その日もシエスタは球のような汗をかきながら、畑のブドウの手入れをしていた。 向こうでは、相変わらず学ラン姿の承太郎がスタンドを使って数人分の働きをしている。 私もがんばらなくっちゃ、とシエスタはブドウの木の枝に手を伸ばし――。 「あっ」 昨夜降った雨のせいで濡れていた地面のせいでバランスを崩し、転びかける。 咄嗟にシエスタはお腹を両手で覆った。本能だった。 そして、地面がすぐそこまで迫り――突如、背後から抱き支えられる。 「無理はするな」 振り返ってみれば、そこには愛しい旦那様の姿。 でも、あれ? さっき仕事をしていた場所から、一瞬でここまで、どうやって? 多分承太郎の持っているスタンドという力だろうとシエスタは勝手に納得した。 「ごめんなさい貴方。もう私一人の身体じゃないのに」 「……気にするな。何があってもお前達は俺が守る……絶対に」 大きく膨らんだシエスタのお腹を、承太郎は愛しそうに見つめ、微笑んだ。 スターダスト外伝 完
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前ページ次ページゼロの使い魔・ブルー編 『桟橋』への路を急ぐ途中、 突如ワルドがうめき声を上げる。 「何……!?」 「ワルド、どうかしたの?」 ワルドは非常に驚いていた。 汗をかいてもいる。 「い、いや……何でもないんだ」 「なら良いけど……」 「それより、急ごう」 枯れた巨大な樹を利用して作られた船着き場、 『桟橋』にたどり着くと、ワルドは案内プレートを見て、 アルビオン行きの船が先にあるであろう階段を駆け上る。 ルイズ達もそれに続いた。 踏み込む度に階段が少しきしむ。 目的の枝へとたどり着き、その先にある船へと走る。 甲板へとたどり着くと、その船の船員が驚いた声で出迎えた。 「な、なんだあんた達は」 「船長はいるか!?」 船員は呆れた風に返す。 「今は寝てるよ。用があるなら明日の」 「良いから今すぐ出せ!」 ワルドが叫びながら杖を突きつけると、船員は飛び上がって走っていく。 直に、船長らしき人物が現れた。 「こんな夜遅くに、何のご用ですかな?」 「魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ。今すぐアルビオンへ船を出して貰う」 「ははは、無茶を言わんでくださ――」 「いいから出せ!」 船長が怒鳴られて、震え上がり、おどおどした口調で返した。 「し、しかしですな、『風石』が足りませんで、今出してもアルビオンへは」 「僕は『風』のメイジだ。足りない分は補う」 「へ、へぇ。しかし、代金は――」 「金なら後で幾らでも出してやる!良いからさっさと船を出せ!」 その言葉を聞くと、船長は叫ぶ。 「出港だ!もやいをはなて!帆を打て!」 ルイズはワルドの焦りようを少し疑問には思ったが、今は非常時だし、 彼女自身も非常事態にあるが故、別におかしくないこと、で決着を付けてしまった。 ルイズは甲板の手すりに寄りかかっていた。 船員に危ないと言われたが、それでもそうしていた。 「大丈夫かしら……二人とも」 タバサが使い魔を行かせてくれたが、見つけられなかったらどうするのだろうか? そもそも――いや、あの二人は無事である。そうであるはずだ。 だから、そんなことを考える必要はない――そう思い、思考を切り替えようとした時である。 「アルビオンが見えたぞー!」 その言葉に、ルイズは前を向く。 その先には、雲の上に置かれたかのように浮かぶ、大陸があった。 彼女は以前にも見たことはあるが、雄大なものは雄大である。 ルイズはそれを見つめている間、何も考えては居なかった。 が、再び船員の声が聞こえてくる。 「2時の方向、仰角40!船が一隻近づいてきます!」 「何だと!?旗は何だ!」 「旗はありません!空賊です」 「く……取り舵いっぱい!」 だがそれは、空賊船が放った大砲の音で、 諦めざるを得なくなる。 「船長、停戦命令です……」 船長はこの中で一番頼りになりそうな、 ワルドに目を向けた。 「残念だが、魔法はもう使えない。この船を浮かべるので精一杯だ」 「……船を止めろ……」 「空賊だ!抵抗するんじゃねえぞ!」 「何ですって!?」 ルイズは取り敢えず近くにいたギーシュの方を向く。 慌てていて、到底話し相手には向きそうもない。 ワルドの方を向く。だが、さっき聞いたとおり、魔法は船を浮かべるのに使っている。 相手の船が近づいてきて、此方の舷縁に鈎縄を引っかける。 それを伝って何人かの空賊が此方に移動してくる。 そういえば、ワルドの使い魔のグリフォンが居た、と思いだし其方の方を見てみると、 既に魔法か何かで眠らせられたようだった。 「……そんな、姫様からの任務が果たせないわ……」 「船長は何処でぇ?」 声のした方を見やると、汚れたシャツに日焼けした逞しい腕、 手入れもされて無さそうな黒い髪、左目にされた眼帯…… いかにも空賊です、と言わんばかりの男が居た。 船長が進み出る。 「私だ……」 「船の名前と、積み荷を教えちゃあくれねぇか?」 頼むような口ぶりだったが、 後ろで銃や剣を構えた者達が居ては、脅しにしか見えない。 「……トリステインの『マリー・ガラント号』。積み荷は硫黄だ」 「なるほど、じゃあ買わせて貰う」 「金を払うわけでもあるまい……」 「なら空賊らしく頂いていく、とでも言やぁ良いのか?」 男が笑う。 手下たちもそれに合わせて笑う。 そして今初めて気付いたのか、ルイズの方を見やる。 「へぇ、この船は貴族まで乗せてるのか」 歩み寄ると、ルイズの頭を掴み、自分の方へと力づくで向けさせた。 「こいつぁ、べっぴんさんだな!俺の船で皿洗いをやらねえか?」 「お断りよ!」 頭を掴んでいた手を振り払う。 頭と思われる人物は嫌な笑みを浮かべ、両手をわざとらしく挙げる。 振り返ってから、手下達に向かって叫ぶ。 「こいつらを運びな。身代金がたんまりと貰えるだろうよ!」 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 どうしてこうなったんだろう。ギーシュはそんなことを考えていた。 彼らの内の一人が貴族派か王党派か聞いてきて、 その場を凌ぐために貴族派と言おうとしたときに…… ルイズが何をとち狂ったのか、任務を帯びてアルビオンまで行くことを明かし、 その後呆れた様子の船員にこのやけに豪華な船長室に連れてこられて…… 貴族派に付けば取り敢えずは見のがして貰えそうだったが、 そこでもルイズが憮然としていた。 まぁ、その態度自体はギーシュにも共感できるものではあったのだが。 で、そこから何が間違ったのか、 頭と思われる男が変装をとくと、なにやらりりしい青年が現れたと思えば、 先の名乗りである。 つまり、ルイズ達は目的の人物への接触を果たしたのである。 ルイズは慌てながら、ワルドは意外と冷静に、名乗りに返す。 「姫様より、大使の任を仰せつかまつった、ルイズ・ラ・ヴァリエールです」 「トリステイン王国魔法衛士隊隊長、ワルド子爵です」 呆然としてたギーシュは、それを見て、周りを見回して、 少し考え込んでから、ようやく気付いて慌てて名乗る。 「ギ、ギーシュ・ド・グラモンです!」 「先ほどは失礼をした。我々としても、今だ味方の貴族が居るとは思わなかったのだ。 試すような真似をして済まない」 慌てているルイズと、未だに困惑しているギーシュではなく、 ワルドが頭を下げて言う。 「アンリエッタ姫殿下より、密書を預かって参りました」 「そうか。して、その密書とやらは?」 「こ、こちらに」 ルイズがポケットから手紙を取り出し、ウェールズに渡す……直前で止まり、 少々遠慮しながら口を開く。 「あの、失礼ですが……本当にウェールズ様ですか?」 「……まぁ、さっきまでのを見て信じろと言うのもそうだな。 証拠を見せよう」 そう言うと、ルイズの手を取り、自身の反対側の手にはまっている指輪を近づける。 すると、互いの指輪の間に、虹色の光が輝く。 「これって……」 「この指輪はアルビオン王家に伝わる『風のルビー』。 君のそれは『水のルビー』だろう?水と風は虹を作る。王家の間にかかる虹だ」 「大変、失礼をば致しました……」 ルイズは頭を下げて、手紙をウェールズに手渡す。 ウェールズは受け取ると、それを大事そうに持ち直し、 花押に口づけをすると、丁寧に封を開ける。 暫く真剣な顔で読んでいたが、ふと顔を上げると、呟く。 「彼女……姫は……アンリエッタは結婚するのか?私の愛すべき……従妹は」 ワルドが無言で頷く。 ルイズは、ウェールズが少し落ち込んだように見えた。 だが、ウェールズは真剣な顔を見せる。 「事情はわかった。姫から貰ったあの手紙は大切なものだが、 その姫が返してくれと言うのだ。断れる理由はない」 ルイズが顔をほころばせる。 ギーシュはようやく状況を理解したのか、真剣な顔をする。 「しかし、今手元にはない。まさか、空賊船に持ってくるわけにも行かぬのでね」 そういい、ウェールズは笑顔になる。 「ニューカッスルまでご足労願いたい。そこで手紙を返そう」 ワルドも、笑っていた。 『桟橋』の位置を知らないブルー達は、その後暫くしてようやく『桟橋』に着いた。 もう空が明るみを持ち始めている。普通に人に聞いてきたのである。 見上げて、話し出す。 「ここが『桟橋』か?」 「そうみたいね」 「ここで船に乗ればいいのか?」 「多分、そうだと思うわ……」 『桟橋』の中へはいる。 案内のプレートを見たが、よくわからない。 「キュルケ、何処に行けば良いんだ?」 「解らないわね」 「……どうする」 「大丈夫じゃないの?あっちは4人もいるんだし……って、あれは」 キュルケの目線の先を追うと、そこにはタバサと使い魔の雷竜が居た。 「タバサ?みんなは?」 「先に行った」 「乗ってけって事?」 タバサは無言で頷く。 雷竜が何かげんなりした様子になった。 「……何か嫌がってるが」 「まぁ、タバサが良いって言うんだから良いんじゃない?」 そう言って、二人は雷竜の背に乗った。 雷竜は、嫌がっては居たものの、荷物など無いかのように力強く羽ばたいた。 ラ・ロシェールがだんだんと離れていき、そのうち豆のようになってしまう。 キュルケが広大な空を見回して言う。 「空って本当に目印になるようなもの無いわねー」 「「………」」 「アルビオンはどのくらいかかるのかしら?」 「「………」」 「けど、大体の方角は合ってるはずだから、そのうち着くわよねー」 「「………」」 「……何か返事して頂戴」 「……そうだな……そういえばアルビオンは……空にあるのか?」 「そうよ、浮遊大陸アルビオン……と言っても、あたしはよく知らないけど」 そこで会話がとぎれる。 また気まずくなってきたので、キュルケが言う。 「確か……スカロボーとか言うところだったかしら?」 タバサが無言で頷く。 「場所は?」 「取り敢えず近い街に降りる」 「ま、そういってもまだまだ遠いけどね……」 目に映るのは雲の海と下の景色だけだった。 それを眺めていたブルーの視界が、突如ぼやける。 「ん……?」 「どうしたのダーリン?」 「いや、ちょっと目が霞んだだけだ」 目を閉じて、再び開く。景色は変化していたが、歪んでも霞んでも居なかった。 秘密の入り口から、ゆるゆると船が上昇していく。 次第に上に明かりが見えてくる。 上がりきると、巨大な鍾乳洞に大勢の人がいた。 先ほど見えた明かりは、そこらに生えているこけから発せられているようだった。 船から降りると、ルイズ達は先ほど見えた大勢の人に出迎えられる。 彼らのうち一人の老いたメイジが進み出てくる。 「殿下、これは大した戦果ですな!」 「喜べ、パリー!硫黄だ、硫黄!」 その声に、集まっていた人々が歓声を上げる。 「おお、硫黄ですと!……これで我々の名誉も守られるというものですな! 先の陛下よりお仕えして60年、こんなにも嬉しいことはありませんぞ!」 「そうだ、これさえあれば、叛徒共に王家の名誉と誇りを示して敗北することが出来る」 「素晴らしい事です!栄光ある敗北となるでしょう! して、叛徒共は明日の正午に攻撃する旨を伝えて参りました。 殿下が間に合いまして、良かったですわい!」 「それは良かった!戦に遅れるとならば、とても死にきれぬからな!」 ルイズはその会話に、顔を青ざめさせる。 死にに行くつもりだというのに、何故彼らは笑っていられるのだろう? そう思ったのだ。 「して、その方達は?」 と、パリーと呼ばれた老メイジが、此方を見て言ってくる。 「トリステインからの大使殿だ。重要な用件で参られたのだ」 そういわれると、パリーはルイズ達に歩み寄ってくる。 「これは大使殿!私は殿下の侍従を仰せつかっております、パリーと申すものです。 遠くからはるばるこのアルビオン王国にいらっしゃいました。 大したもてなしは出来ませぬが、今夜はささやかな祝宴が開かれますので、 どうぞ、参加していってくださいませ」 ルイズ達はその後、ウェールズに連れられて、彼の部屋に居た。 彼は質素なその部屋にある机の引き出しを空けると、 そこから宝石で飾られた箱を取り出し、鍵を開けた。 ルイズがのぞき込んでみると、ふたの内側にアンリエッタの肖像画が描かれていた。 ウェールズはその視線に気づき、恥ずかしそうに言う。 「宝箱でね」 中から一通の手紙を取り出し。それを読み始める。 今ウェールズがそうしてるように、幾度も読まれたらしいその手紙はボロボロだった。 読み終えたのか、その手紙を封筒に入れると、ルイズに差し出す。 「これが姫の手紙だ。この通り、確かにお返しした」 「ありがとうございます」 ルイズは深く礼をして、その手紙を受け取る。 「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号がここをたつ。 それに乗ってトリステインに帰ると良い」 ルイズは俯いて手紙を見つめていたが、顔を上げて、 ウェールズの顔をしっかりと見据えて言う。 「殿下、栄光ある敗北とおっしゃられていましたが…… 王軍に勝ち目は無いのですか?」 「無い。彼我戦力の差は圧倒的だ。出来ることは、せめて勇敢に戦い、散ることだ」 「……その中には、殿下もですか?」 「当然だ。自分だけ生き残るような恥をさらすつもりはない」 「……もう一つだけお聞きしてよろしいでしょうか」 「構わないよ」 ルイズはそういわれたものの、言葉に出す事を悩み、俯いた。 だが、言う。 「殿下。もしや……殿下と姫様は……恋人同士……だったのでは?」 「そうだ」 ルイズの時間をかけた言葉に対して、ウェールズの返答はあっさりしていた。 「ああ、そうだ。アンリエッタと私は恋人同士だ…った。 その手紙がレコン・キスタの手に渡ると危険なのは、そういうことだ。 なにせ、その手紙において彼女は始祖ブリミルの名において、 私に永久の愛を誓っているのだからね」 その言葉を聞いて、ルイズは大声で、半ば叫ぶような形で言う。 「……殿下、亡命してください!トリステインに、亡命を!」 「それはできんよ」 「姫様の手紙にも、そう書いてあったはずです! ……私は姫様をよく存じております、一度愛を誓った人物を、見捨てるような方ではないと!」 「そんなことは、書かれていない」 「そんなはずは―」 「誓って言おう。そのようなことは書かれていない」 そうは言っていたものの、彼の表情には苦い物があった。 「彼女は王女だ、自分の立場を解っているはずだ」 「……解りました」 「……君は素直な子だな。大使には向かないと思える」 ウェールズは今までの表情を一転させ、笑顔を見せる。 「さて、もうそろそろパーティの時間だ。 君たちは我々が迎える最後の客になるだろう。是非、出席していってくれ」 前ページ次ページゼロの使い魔・ブルー編
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前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 空を飛ぶ竜の背で感じる風は一時も休まることなく頬を叩き髪をなびかせる。 目に入りそうになった髪の一筋をかき上げたキュルケは指の間から見えるひときわ大きな雲の中におぼろげに光る何かを見つけた。 髪に当てた手をそのままに目をこらしていると、それは横に広がる輪郭を雲の中に映していき、なんの支えも無く宙に浮くその姿を見せていく。 「見つけたわ。あれ」 それこそがアルビオン。霧のベールをまとうが故に白の国とも呼ばれる浮遊大陸である。 その大陸にそびえる山に積もった万年雪が日の光を照り返し、まるで自らの内から発していたかのように輝いていたのだ。 キュルケが見たものと同じ光を見たタバサが、自らの使い魔である風竜の耳元で囁くと、それは翼を大きく羽ばたかせ首をアルビオンに向けた。 アルビオンの周りを囲む雲が後ろに流れるたびに、それまで淡い影だった大陸は徐々にはっきりとした輪郭と色を得ていく。 「ギーシュ、出番よ」 「ふふん。ぼくのヴェルダンデにまかせたまえ」 シルフィードの背に乗りラ・ロシェールから飛び立ったものの、キュルケ達はルイズがアルビオンのどこに行ったかは全くわからない。 それを見つけるための決め手こそギーシュの使い魔ジャイアントモールのヴェルダンデなのだ。 「さあ、頼むよ。ヴェルダンデ」 ギーシュが使い魔に命令する、と言うより麗しい女性のように頼まれたヴェルダンデは鼻を少し上げて左右に振り始めた。 モグラは元々嗅覚に優れた動物である。ジャイアントモールの嗅覚はさらに優れており、地中深くにある宝石を探し出し、嗅ぎ分けることすらできる。 それならヴェルダンデの嗅覚を使って水のルビーを見つければ、それをつけたルイズも見つけることができる。 ギーシュはそうラ・ロシェールでヴェルダンデと再会した後に蕩々と語ったのだ。 「ふんふん、なるほど」 「どう?ルイズはどこにいるの?」 ギーシュはさらさらの髪をかき上げ、ふっと鼻で笑うと答えた。 「わからない、だってさ」 「タバサ、ちょっと宙返りして。余計なもの捨てるから」 それを聞いたタバサは全く躊躇することなく真顔で頷く。 「わ、わ、わー、ちょっと待ってくれたまえ」 ギーシュの必死の叫びに何か思うことがあるのか、タバサはシルフィードの傾きかけた体を水平に戻す。 ただ、後ろを向いてギーシュを見る目は一見いつもと変わらないものであったが、被告人の言葉を聞く冷酷な裁判官のようでもあった。 「いいかね。いくらヴェルダンデの鼻が優れていると言ってもアルビオン全部の宝石の臭いが分かるほどじゃないんだ」 「それで?」 キュルケの二つ名は微熱。 だが、その言葉は吹雪よりも冷たい響きを秘めていた。 ──つまらないことだったら落とす とでも言いたげに。 「アルビオン全部はムリだけど見える範囲くらいなら十分嗅ぎ分けられる。それでも目で探すよりはずっと早いし確実なはずさ」 ギーシュはさらに説明を続ける。 ここで落とされたらメイジといえどもたまったものではない。 フライやレビテーションの魔法を使うにも限界はあるのだ。 「だからアルビオン上空をくまなく飛んで欲しい。必ず見つかる。いや、見つけてみせる」 「それしかないわね」 もう一度アルビオンを見たキュルケは溜息を一つついた。 ヴェルダンデが現れた時にはアルビオンが見つかればすぐにわかるというように聞かされていたのに随分と話が違ってしまった。 だからといってキュルケはここでルイズ探しをやめる気はない。 それどころか絶対に見つける気でいた。 「あなたが起きていればもっと別の方法もあったかも知れないわね」 キュルケは胸に抱いていたフェレットのユーノの背を毛並みに沿って撫でる。 まだ死んではいない。 しかし血を流しすぎた白い獣からは温かさよりも冷たを感じる。 「思ったとおりにはいかないものね」 シルフィードが雲の中に滑り込んだ。 視界が一瞬だけ白く覆われ、すぐに晴れる。 雲を抜けるとその下にはもうアルビオンの大地が広がっていた。 ──思ったとおりにはいかない まさしくその通りだ。 キュルケとギーシュは竜に乗り慣れていない。 タバサもシルフィードの主人ではあるものの未だ竜の乗り手として熟練しているとは言いがたい。 特に移動するアルビオンまでの航路の知識は船乗りには及ばないし、フネとの速度差も実感してはいなかった。 故に彼女らが思ってもいないことが起こっていた。 窓の外を見るルイズの目に映るいくつもの雲は流れては消え、また消えては流れる。 だが、それは瞳に映るのみで心は全く違う二つのものを見ていた。 1つは彼女の婚約者、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 手を引かれてラ・ロシェールの港に走っていくのはまるでおとぎ話の1シーンのようでもあり、夢のようでもあった。 彼がいればこの任務を必ず果たせると確信できる。 それに彼は魔法も満足に使えない自分のことを覚えていてくれたし、結婚まで申し込んでくれた。 その時のことを思いだし、ルイズは頬を赤らめ、ほうと溜息をついた。 もう一つは彼女の使い魔、ユーノ・スクライア。 剣と魔法を操り、無数の傭兵の前に立つ彼の後ろ姿は自分よりもずっと年下なのにとても頼もしく見えた。 彼は今一番近くにいて欲しい人。 だけどその後ユーノは追いかけては来なかった。 その時のことを思いだしたルイズはレイジング・ハートを固く握りしめた。 (ユーノ、私はここよ。こっちよ) 声は届かなくても念話なら届くかも知れない。 届けば空を飛べるユーノなら必ず追いかけてくるはず。 (早く来て) ワルドの申し出にどう答えるか。 その答えはもう決まっていた。 だけど、どうしても言えずにいた。 ワルドの前に行こうとする足は止まり、答えを伝えようとすれば喉がつまる。 ──ユーノならきっと喜んでくれるわよね そうすればきっと答えられるような気がした。 ルイズは再び外を見る。 青い空が見えた。流れる白い雲が見えた。眼下には大地が見えた。 アルビオンはまだ見えなかった。 ユーノはどこにも見つからなかった。 これはシルフィードがアルビオンの大地に影を落としたのと同じ時刻のこと。 ルイズの乗るフネは未だアルビオンを離れた空にあった。 ヴェルダンデの鼻があるとはいえ、どこにいるかわからないルイズを見つけるにはアルビオン中を飛び回るしかない。 しかしシルフィードの背に乗り、空を飛ぶギーシュ達はルイズを見つける前に逆に見つけられていた。 「うわああ、来た、来た、来た!」 酷くうろたえてギーシュはちらちらと後ろを伺う。 「ちょっとは落ち着きなさい」 「そりゃそうだけど」 アルビオン大陸中央部に入ってからすぐの事だ。 たまたま後ろを見ていたギーシュは雲間に小さな影を見つけた。 何かと考えているうちにどんどん接近してくるそれを見続けていたギーシュは思わずそれはもう情けない顔──モンモランシーには見せなくない──をしてしまった。 それは風竜だったのだ。 ただの風竜ではない。背中に人を乗せている。つまりは竜騎士だ。 アルビオンはほとんどレコン・キスタの勢力下にあるという。 だったら、こんなところを飛んでいるのは間違いなくレコン・キスタ側の竜騎士だ。 杖を振りかざして「降りろ」と合図を送っているのが見えるほどに近づいたが、冗談ではない。 アルビオン王家に接触しようとしているトリステイン貴族が捕まってただですむはずがないではないか。 ルイズと一緒にいるワルドがレコン・キスタに着いていると予想されている今ならなおさらだ。 「もっとスピードは出ないのかい?このままじゃ追いつかれる」 「無理」 完結に答えたタバサの後ろでまたもギーシュは情けない声を上げる。 シルフィードも風竜ではあるがまだ子供。しかも、こちらは3人乗りで向こうは軽装の1人だけ。 どう見ても向こうの方が速い。 「ど、ど、ど、どうするんだよ」 追いつかれるのも時間の問題だ。 これ以上速度が上げられないシルフィードの下を村が通りすぎ、街道が通りすぎる。 草原を通り過ぎた後は森が広がっていた。 タバサは握りしめた杖の頭を上に向ける。 「私に考えがある」 タバサがあの時──学院で大砲を持ったゴーレムと戦った時──と同じように呟いた。 サウスゴータ地方に配属された竜騎士である彼はいつもの通り哨戒を続けていた。 すでに王国軍が一掃されたこの辺りの任務で退屈をしていた彼は、大あくびの途中で思いがけないものを見つけた。 こんなところを風竜が飛んでいたのだ。 しかもその背に乗っているのはレコン・キスタに参加しているとは思えないどこかの学生らしき人だ。 つまりは不審竜と不審者である。 ぴしゃりと頬を叩いて眠気を晴らした彼は手綱を操り、風竜の速度を上げ不審な風竜を追った。 近づいて合図を送るが速度をゆるめる気配はない。 それどころか速度を上げて逃げようとまでしたのだ。 当然彼も任務を果たすべく速度を上げて追う。 逃げられるはずがない。風竜の大きさもさることながら乗っている人数の差から考えても無駄なことだ。 そうしてサウスゴータ近くの森林上空まで来た時だ。 逃げる風竜の周囲にいくつかの光点が突如発生したのだ。 「なんだ?」 彼もメイジだ。 その光点が何かはすぐに知れた。 魔法で作られた火球がカーブを描きながら飛んでくる。 自動的に目標を追いかける火の魔法、フレイムボールだ。 「くっ」 この風竜は残念ながら使い魔ではないが彼も竜騎士になったばかりの新米ではない。 音に聞こえた無双ともうたわれるアルビオンの竜騎士なのだ。 普段の訓練通りにマジックアローを飛ばし、一つずつ火球にぶつけ相殺していく。 「やるな」 その火球の起こす爆発に彼はいささか舌を巻いた。 火球の速度、大きさから考えても腕の悪いメイジではない。 おそらくトライアングル以上のメイジだ。 爆風が晴れると逃げる風竜が急激に上昇を始めていた。 「これを狙っていたか」 上空には折り重なった分厚く、濃い雲があった。 「しっかり捕まって」 タバサはそうぽつりといつものように言うと、キュルケの返事も聞かずにシルフィードの首を真上と見まごうくらい高く上げた。 「ひっ」 後ろからのギーシュの悲鳴を聞きながらキュルケはシルフィードの背びれに両手でしっかりとしがみついた。 途端、目の前に厚すぎて灰色になった雲が迫る。 その分厚さにキュルケは目の中に雲が入ってくるような錯覚を覚えて思わず目をきつく閉じた。 それは手ばかりでなく足でもしがみついているギーシュや不思議な掴まり方をしているジャイアントモールのヴェルダンデも同じだった。 逃げ続ける風竜が雲の中に隠れても彼はまだ余裕があった。 相手の風竜を操る乗り手の腕は悪くない。いや、彼の所属する竜騎士団の中でも中の上には位置するだろう。 まるで風竜に言い聞かせるように自在に操っている様子から考えると、あの風竜は使い魔なのかも知れない。 だが、いかんせんあの風竜には荷物が多すぎたし、乗り手は空戦の経験に不足しているようだ。 分厚い雲に隠れるという発想はいいが、入り方がいかにもまずい。あれでは飛ぶ方向がはっきりわかってしまうではないか。 先ほどの魔法の応酬で距離は開いてしまったが追跡に問題はない。 彼もまた手綱を引いて竜の首を上げ、雲に飛び込んだ。 ──このままやつの頭を押さえる 視界が雲に覆われても焦りはなかった。むしろ余裕すらあった。 このような時には経験がものを言う。 その差を確信したが故に彼は目前にぼんやりとした竜の影を見つけた時、笑みさえその顔に浮かべた。 首の後ろをひんやりとしたものが掴んだ それが何かを確認する暇さえなく、突如無数の針に首を刺されたような痛みを感じた瞬間、彼の心と体は力を失い自らの竜の背に身を横たえた。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
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その日は、端的に言って良い天気だった。 日差しは暖かく、風は心地よい。 かつては錬兵場だったという中庭に寝転がり、 ギーシュは実に楽しそうに頬をほころばせた。 風の魔法で切り裂かれた肌は痛み、吹き飛ばされた際に打ち付けた腰からは未だに鈍痛が響いて来るが、 それら全てを帳消しにしてなお余るほどの爽快感が彼を包んでいた。 「……なに笑ってんのよ」 声とともに、逆さまになったルイズの顔が視界に入った。 昨日と同じ乗馬服姿なのを見てほっと息をつく。 この爽快な気分を、婦女子の下履きを覗いたなどという下世話な喜びで汚したくはない。 最もブータに跨るようになって以来、ルイズがスカートのような服を着たのは舞踏会の時だけなのだが。 「なにと言われてもね、ルイズ。それは楽しいからに決まっているじゃないか」 「楽しいって、ワルドに負けたのに? あんたそんな趣味だっけ?」 「どんな趣味よ、ルイズ。いくら幼馴染だからって、アンリエッタ王女みたいなこと言わないでよ」 笑いながら会話に入ってきたのはキュルケである。 こちらはルイズと違ってギーシュの言い分を理解していると見えて、 よくやったとでも言いたげな目をしている。 「あんただって、ブータの講義は聞いてるでしょうに。 大局的勝利と個人的勝利は違うってこの間習ったでしょう。忘れたの?」 「憶えてるわよ。 ……ええと、勝負に勝って試合に負けるっていうあれでしょ。 つまり、ギーシュは決闘には負けたけど、目的は果たせたってこと?」 まさにその通り、とでも言いたげに猫が喉を鳴らした。 弟子の成長具合に満足が行ったのか、ご満悦な顔でタバサに喉を撫ぜて貰っている。 そもそも、学生で未だドットメイジにすぎないギーシュが、 軍人でスクエアメイジのワルドに決闘で勝てるわけがないのである。 ブータの元で戦術を学んだギーシュがそれに気づかぬ筈がないのだ。 「で、その目的ってなによ」 「なに、簡単なことだよ。 初めて会った時から、あの子爵殿のすました顔を、 思い切りぶん殴ってやりたいと思っていたのでね」 その答えに、ルイズはまじまじと彼の顔を見詰め、 次にキュルケ、タバサ、ブータと視線を移して、 最後にもう一度ギーシュに目をやると深い深いため息をついた。 「前から思っていたのだけれど」 「うん?」 「ギーシュ、あんた、実は馬鹿でしょう?」 そうかな、とギーシュは笑った。 そうかもしれない。いやきっとそうだろう。 なにしろルイズ症候群の重症患者だ。利口な筈がない。 まてよ、すると感染源であるルイズはどうなのだろう。 罹患者が馬鹿なら、さしずめ感染源はそれを上回る大馬鹿に違いないのだが。 「しかしだね、ルイズ。考えても見たまえ。 グリフォン隊の隊長殿を殴って、しかもお咎めなしだなんて機会はそうそうないだろう? ならばこの機を逃さず、と思っても仕方がないとは思わないかい?」 ルイズはがくりと肩を落とすと、疲れたような表情で口を開いた。 「前言を撤回するわ、ギーシュ。 あんた間違いなく馬鹿だわ。それもただの馬鹿じゃなくて、大馬鹿よ」 /*/ 一体なぜこんなことになったのだろう。 元東薔薇花壇騎士団団員にして現北花壇騎士八号ことバッソ・カステルモールは、 王宮の廊下を歩きながらもはや何回目になるか解らぬ自問を再び繰り返した。 「姫殿下、もうそろそろ」 「黙りな、カステルモール。 よもやお前、この国の王女であるわたしに、裸足で王宮を歩けと言うの? それとも、わたしを連れて馬車まで行くにも事欠くほどの体力しかないとでも? 誉れあるわたしの騎士であるお前が?」 いえと否定する。 カステルモールとて、厳しい訓練を潜り抜けてきた騎士団の精鋭である。 従姉妹であるシャルロットよりは肉付きがいいとはいえ、 未だ発育途上の少女でしかないイザベラを抱き上げて馬車まで運ぶのは困難なことではない。 むしろ辛いのは、無遠慮ではなく、しかし確実に彼に突き刺さる周囲の宮廷雀たちの視線である。 だがそれもしかたがあるまい。 一国の姫君をお姫様抱っこして王宮を闊歩する騎士など、それこそ詩人の歌の中にしか存在しないのだから。 溜息を押し殺し、そっとイザベラの顔に目をやる。 それに気づいたか、ふんと鼻を鳴らして少女がそっぽを向いた。 その頬の赤みに、やはりまだ怒っておられるのかと密かに嘆息する。 先ほどの父王との会見では望みの答えは引き出せず、無理やり連れ出されたせいで靴はどこかに行ってしまった。 裸足で歩くわけにもいかぬから抱き上げて運べと命令したのは彼女自身だが、 自尊心の高い少女にとっては、それこそ子供でもないのに抱き上げて運ばれるのは不快なようで、 先ほどから頬を不満げに紅潮させ、カステルモールの方を見ようともしない。 それなのに時々目が合うのは、きっと抑えきれぬ怒りにこちらを盗み見ているからなのだろう。 そもそも自分はこの姫には嫌われているのだ、とカステルモールはしみじみと思った。 ことの始まりは数ヶ月前のことである。 ある領主がイザベラを狙うために地下水と呼ばれる傭兵メイジを雇ったという事件があった。 その際、あろうことか王女は従姉妹であるシャルロットを影武者としてその領主の館に乗り込んだのである。 それ自体は冤罪であることが後に判明するのだが、領主の誕生日を祝う園遊会である珍事が発生した。 酒に酔ったのか何者かの魔法なのかは本人が口をつぐんでいるため不明だが、 突如としてイザベラが舞台上にあがり、全裸で踊りだしたのである。 騒然として混乱の渦中に叩き込まれた会場の中で、いち早く自分を取り戻したのがカステルモールであった。 何しろ彼の認識としては、イザベラの姿をしているのは真実の主君たるシャルロットの筈なのである。 その主君の痴態をそのままにしておくことなど、忠義の騎士たる彼には不可能であった。 慌てて近くにあったテーブルの布を引っつかんで舞台に上がり、 裸の王女を抱きかかえて人目のつかぬ場所に強引に連れて行ったのである。 ようやくそこで自分が連れ出したのがイザベラ本人だと気がついたが、もはや後の祭りである。 布で申し訳程度に身体を包んだ王女は、まだ赤みの抜け切らぬ頬で、上目遣いに涙を湛えて言ったのだ。 「わたしの裸を見た責任、取ってもらうわよ」と。 これは仕方がないと腹を括り、任務後に宿舎に戻ると同時に身辺の整理をする。 王位の簒奪者の娘に断罪されるのは業腹だが、 騎士として、いや男として一人の女性に責任を取れなどと言われては逆らえぬ。 騎士団長に出頭を命じられ、除隊を命じられた時も動ぜずに受け入れられたものである。 続いての北花壇騎士団入隊の命令に首を傾げ、ややあってなるほどと頷いた。 つまりはシャルロットと同じように、危険な任務で死亡するのを待とうと言うのだろう。 考えてみれば、処分しようにも先の出来事は充分に醜聞である。 嫁入り前の少女にとってはまさに致命的だ。表沙汰にはできぬ。 故に任務上での自然死を装うつもりなのだろう。 いいだろう、と笑みが浮かぶ。 如何にイザベラとても早々危険な任務ばかり用意はできまい。 その一部を自分が引き受けると言うことは、同時にシャルロットに回される任務が減るということである。 ならばこの身を楯として、真の王位継承者をお守り申そう。 「姫殿下、馬車に着きましたので」 「また抱き上げるのは大変だろう? それともカステルモール。まさかわたしが重いとでも?」 「いえ、滅相もございません。 姫殿下は羽のように軽うございます」 だが、その決意が失望に変わるのに早々時間は要らなかった。 任務を言い渡されることもせず、ただ我が侭なイザベラの護衛として過ごす日々。 あるいは自分を飼い殺しにする為に部下にしたのか。 きっとそうだろう。 騎士としての名誉ある死を与えず、今日のような恥辱を与えて溜飲を下げているに違いない。 ところが、周囲はそうは見ていないようで、古巣にいる昔馴染みの騎士仲間と酒を呑んだ時にそう洩らしたら、 世界が終わったかのような顔で無理矢理にその場にいた全員に酒を呑まされた。 あれは未だに謎である。 「姫殿下。お部屋に着きました。 姫殿下?」 イザベラの私室に入り、長椅子にその身体を下ろす。 先に申し付けていた侍女が替えの靴を持って入ってきた。 心ここにあらずといった感じで靴を履くイザベラに、侍女も不思議そうな顔を一瞬だけしたが、 視線を王女の騎士に移すと、さもおかしそうに笑って退場した。 何がおかしいのかと首を捻るカステルモール。 それにしてもこの男、朴念仁にも程がある。 「――――決めたわ、カステルモール」 ややあって、考えに沈んでいたイザベラが顔を上げた。 家令を呼び、北花壇騎士に与える任務がしばらく無いことを確認すると、 猫のようなにやにや笑いを顔に浮かべる。 「父上は言ったわ。 成果を上げれば文句はないと。 なら、何をしようが成果を上げれば文句はないってことね。 王の言葉は守られなければならないもの」 「成果、でございますか」 そしてイザベラは胸を張り、わがまま王女の面目躍如たる言葉を口にした。 「用意なさい、カステルモール。 ふ、二人で今すぐアルビオンに向かうわ。 アルビオンで、あのガーゴイル娘がなにをしようとしているのか確認するのよ。 もしもよからぬ企みをしているのなら、わたしのこの手で叩き潰してやるんだから」 真っ赤な顔でそう言う王女を見つめ、カステルモールは密かに嘆息した。 ああ、まだ怒っていらっしゃる、と。 今回の没ネタ。 シェフィールドが父ジョゼフの使い魔だと知ったイザベラ。 「か、勘違いするんじゃないよ。 こ、これはただのコントラクト・サーヴァントの儀式なんだからね」 (契約で縛らないと安心できぬほど、わたしが信用なりませんか、姫殿下) その日から、毎朝毎晩コントラクト・サーヴァントの呪文を唱える少女の姿が見られたという。 とっぺんぱらりのぷぅ 前に戻る 次に進む 目次
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前ページ次ページゼロの社長 ルイズと海馬の二人は、トリステイン魔法学院の中で最も背の高い、真中の本塔の中にある『アルヴィーズの食堂』の前へとたどり着いた。 食堂の中はとても広く、そしてやたら長い机が3つ並んでいた。 食堂の飾りは豪華で、全ての机にローソクが立てられ、花が飾られ、フルーツが盛られた籠がのっている。 ふと見上げると、ロフトの中階には教師達が集まって歓談をしている。 「なるほど、上は教師、そして3つの机は学年ごとで生徒を分けているのか。」 「そうよ。…ところで、本来ならば平民はこの食堂には入れないのだけど、あなたは別。私の使い魔だもの。 事後承諾になっちゃうけど、後で先生達にも掛け合っておくから、今後食事は私とここでとる事になるわ。」 「ふむ…しかしこの内装のセンスはどうだ。成金主義の塊のような…」 「文句をいわない。さっさと席につきなさい。」 ルイズに促され隣の席につく海馬。 机には朝食だというのに、豪華な鳥のローストや、鱒の形をしたパイ、ワインなどが取り揃えてある。 「朝から良くこんなものばかり食える…」 という海馬の呟きはルイズには届かなかったようである。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします。」 祈りの声が、唱和される。隣を見れば、ルイズも目を瞑りそれに加わっている。 「ふむ…儀礼的な文句とはいえ、これをささやかな糧とは…」 「ぶつぶついわないの。ってセト?食べないの?水しか飲んでないじゃない。」 「いや、今は別に空腹ではないのでな。」 あ、そう?とルイズは大して疑問ももたずに自分の皿の方に目を戻した。 (宗教的なこともよくわからんが、とりあえずこの国は女王…つまり王制を敷いているということか。 ふむ、いつまでもここにいる気は無いが、ここにいる以上最低限の知識を手に入れておかねばならんな。 学院というのだから図書館くらいあるだろう。後で探してみるか。) と、先のことを考えて行動予定を立てていた海馬であったが、すぐさまその目論見は一つの障害にぶつかる事となる。 ルイズに付き添って授業を受けるために教室にルイズとともに向かっていたが、途中にある掲示板を見て気づいたのだ。 この世界の文字が読めないという事に。 (失念していた…言葉が通じるので油断をしていたな、曲がりなりにもここは異世界だったのだな。つまり文字を覚えるところから始めなければならない。) 魔法学院の教室は、中学高校の教室というより、大学の講義室にそっくりだった。 教壇がありその後ろに黒板が。そして階段状に生徒の座席がある。 ルイズと海馬が教室に入ると、既にいた生徒達から視線が集まった。 そのなかにはキュルケもいた。 キュルケの周りには、やたらと男子生徒が固まっていた。 (なるほど、あの容姿だ。群がる男も出てくるだろう。) キュルケは海馬に気づくと目でアイコンタクトを海馬に送ってきたが、気づかなかったのか無視したのか、海馬は何も返さぬままルイズの隣に座った。 教室にはさまざまな使い魔たちがいた。 キュルケのサラマンダーのほかにも、蛇、梟、カエル、ネコ、烏。 わかりやすい動物のほかにも、デュエルモンスターズに出てきそうな架空の生物達もいた。 興味を持ったのか、海馬は目に意識を集中する事で、それらの使い魔たちの能力を覗き見ていく。 海馬の視線の動きの意味に気づいたのか、ルイズが海馬に話し掛けた。 「面白そうな力を持った使い魔はいた?」 「いいや?スペックはそれぞれどの動物に相応程度の力しかない上に、大した能力も持っていない。雑魚ばかりだ。」 あまりといえばあまりな辛辣な評価に、流石のルイズも苦笑いをするしかなかった。 「まぁ、私の使い魔じゃないし、別にどうでもいいわね。 それに、あの使い魔たちとあなたもしくは私が戦うなんて事はありえないことでしょうし。」 などと話しているうちに、扉が開き教師のような風体の女性が現れた。 中年の女性で、紫色のローブに身を包み、同じ色の魔女っぽい帽子を被っている。 彼女は教壇に立ち生徒達を見回すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、さまざまな使い魔を見るのがとても楽しみなのですよ。」 と言ったところで、シュヴルーズと海馬の目が合った。 そして、あぁ、あの。という顔で海馬を見た。 「おやおや、ミス・ヴァリエールは変わった使い魔を召喚したのですね。」 その言葉にクラス中がどっと笑い声に包まれる。 「ゼロのルイズ!召喚できないからって、その辺歩いていた平民を連れてくるなよ!」 小太りの生徒が茶化すように煽ると、笑いが余計大きくなる。 「違うわ!背とは私がサモンサーヴァントで召喚した、れっきとした私の使い魔よ!」 ルイズは立ち上がり、肩を震わせながらその生徒に向かって反論した。 自分はちゃんと魔法を成功させた。 その事を否定される。何より瀬人を馬鹿にされた事が、ルイズは非常に悔しかった。 だが、その対象となった海馬はといえば 「放って置けルイズ。ただ生まれたときより魔法が使えるという、貴族などという名のぬるま湯に浸かって育った豚の鳴き声などで いちいち腹を立てる必要など無い。」 と、とんでもない暴言を口にしていた。 流石にこの発言には笑っていた生徒達も呆然とし、言われた本人すらも理解をするまでに数秒かかり、そして顔を真っ赤にして叫んだ。 「ぶっ…豚だと!?平民の癖に僕を豚呼ばわりするのか!?無礼者!」 「無礼とは、礼を尽くすべき相手に礼を尽くさない事を言う。貴様のような豚に尽くす礼など無い。 特にとりえもなく、風をヒューヒューふかす事しか出来ないドットメイジは黙っていろ。マリコルヌ・ド・グランドプレ」 「なっ…なっ…なっ…」 確かにこの少年、マリコルヌ・ド・グランドプレはドットメイジである。 だが彼は、名乗ってもいない自分の名前と能力をなぜ言い当てられたのか。 なにより、このような暴言を言われた事が無いために、どう返していいのかわからなくなっていた。 もちろん、海馬は先ほどの間に彼の能力を見ていたのである。 もっとも、見た結果がどんなに優秀であろうとも、海馬の答えは一緒であっただろうが。 「はい、そこまでです。ミスタ・グランドプレ、元はあなたの軽率な発言が原因です。反省をしなさい。」 でも!などといおうとしたマリコルヌの口に、赤土の粘土がぶち込まれた。 そして、静寂と化した教室で、海馬の方を見てシュヴルーズが口を開いた。 「ミスタ…失礼。あなたの発言は主人であるミス・ヴァリエールの代弁にもなるのですよ。 不用意に相手を挑発する行為は控えなさい。」 「海馬瀬人だ。ミセス・シュヴルーズ。しかし、奴の発言は聞き流す事が出来ないものだ。 根拠なくルイズを侮辱した、それはこの俺に対する侮辱でもある。」 「ふぅ…わかりました。では、今後気をつけなさい。それでは授業を始めます。」 シュヴルーズはコホン、と咳をして杖を振るった。 机の上にはいつのまにか石ころが現れていた。 「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。 魔法の四大系統はご存知ですね?…ミスタ・グラモン」 ミスタ・グラモンと呼ばれた少年は、バラを翳し気取った口調で答えた。 「『火』『水』『風』『土』の4系統です。そして何たる奇遇。僕の属性もミセスと同じく『土』。二つ名を、『青銅』のギーシュ・ド・グラモンと、申します。」 そして手に持ったバラを口にくわえ、会釈をしながら 「お見知りおきを」 と、決めた。 いや、本人は決めたつもりなのだろうが、クラス中からは冷たい視線が集まった。 特に、隣に座っている金髪で巻き髪の少女は、またいつものが始まったと呆れている。 「よろしく、ミスタ・グラモン。今答えていただいた4系統に、今は失われた『虚無』をあわせて、 全部で5つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。 さて、『土』系統は万物の創生を司る、重要な魔法であると考えています。 まずそれを知ってもらうために、基本である錬金の魔法を覚えてもらいます。」 シュヴルーズが机の上の石に対し杖を振るうと、石はまばゆい光を放ちだした。 おお!とクラス中から感嘆の声が漏れる。 「ゴゴ、ゴールドですか?ミス・シュヴルーズ!」 キュルケは身を乗り出した。 「いいえ、これはただの真鍮です。ゴールドを錬金したければ、スクウェアクラスのメイジだけ。私はただの…『トライアングル』ですから。」 (ふむ…。5大系統か…なるほど、デュエルモンスターズの属性と近いものがあるな。 しかし、そうするとルイズが俺の目を通して出た属性が闇だったが…) 他の生徒を見回しても、闇属性は見当たらない。 海馬の脳裏にある可能性が現れた。 (もしや…ルイズの失敗魔法は失敗ではなく『そう言う魔法』なのでは?) その可能性を考えつつ、ふと隣を見ると、ルイズの姿がなかった。 見ると教壇の前にルイズが立っているではないか。 どうやら、海馬が考え事をしている間にルイズが指名され、錬金をすることになったらしい。 (まずい、俺の予想通りならば、あの魔法は絶対に『爆発』する。) ルイズが呪文を唱え終わる前に、海馬を含む全員が机の下へと隠れた。 そしてルイズの呪文が完成する。 結果、海馬が、いや、このクラス(ルイズ、シュヴルーズを除く)全員が想像したとおりに、ルイズの目の前の石は爆発した。 机はみごとに消し飛び、爆風が生徒達の席を襲ったが、全員慣れたもので、誰一人怪我なく爆風を回避した。 そして、爆心地である黒板の前は、もくもくと煙が上がっていた。 やがて煙が晴れるとそこには、爆発で目を回しているシュヴルーズと、服装は少し傷だらけになってはいるものの、無事なルイズが立っていた。 顔のすすをハンカチで拭きながら、ルイズは淡々と 「ちょっと失敗したみたいね。」 といった。 当然即答でクラスメイト全員からのブーイングを浴びせられたのは言うまでもなかったのだった。 前ページ次ページゼロの社長
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前ページ次ページゼロのアトリエ 「あさー、あさだよー。」 誰かの声がする。誰だっけ? まあいいや、もう少し寝ていよう…そう思って体を丸めようとした瞬間、毛布が剥ぎ取られる。 「お目覚めですね? ご主人様!」 そう言ったヴィオラートの笑顔には、ルイズ自身の言った事は絶対に守らせる!という 凄みがあった。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師4~ 「ああ、ヴィオラート…そうね。昨日、召喚したんだっけ…」 ルイズはのそのそと起き出して、ヴィオラートに命じる。 「服。」 ヴィオラートは一瞬怪訝な顔をするが、すぐに納得したのかルイズの服一式を用意する。 「着せて。」 今度はあっさりと、ルイズの着替えを手伝うヴィオラート。 しかし、ルイズはなんとなく居心地悪さを感じ始めていた。 (何なの、この…私をイツクシムような、ヤサシサあふれる視線は…) なんで着替えぐらいでこんな気持ちにならなければならないのか。 (ひょっとして、私をかわいそうな子扱いしてるんじゃないでしょうね!) 苛立ちをおぼえて振り向いたその先には、しかし、 「ん?」 ヴィオラートの、人懐っこい微笑があるだけで。 「な、何よ。さあ、着替え終わったらさっさと行くわ。朝食よ。」 ばつが悪くなったルイズは、正体不明の何かから逃げるように扉を開けた。 「あら。おはよう、ルイズ。」 嫌なやつに会った。ルイズが扉を開けたちょうどその時、同じように扉を開けて燃えるような赤い髪の女の子が姿をあらわしたのだ。 「…おはよう。キュルケ」 義務的に挨拶を返す。 魔法が使えて、あらゆる意味の色気にあふれ、そして何より、おちちが…おちちが大きい。 その存在全てがルイズの感情を逆撫でする、まさに不倶戴天の仇敵であった。 「あなたの使い魔って、それ?」 彼女は小馬鹿にした口調で、ヴィオラートを指差す。 「そうよ。」 「あっはっは! ホントに人間なのね! すごいじゃない! 流石はゼロのルイズ!」 「うるさいわね」 「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って一発でね?」 「あっそ」 「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよね~。フレイム!」 キュルケがそう呼びかけると、キュルケの部屋からのっそりと、オレンジ色の大きなトカゲが現れた。 「ああっ、サラマンダー! 大丈夫なの?」 ヴィオラートは驚いて、距離をとりつつ秘密バッグの口に手をかける。 「平気よ。あたしが命令しない限り、襲ったりしないから。それより見て、この尻尾。素晴らしいと思わない?」 たしかにすごい。ルイズから見ても素晴らしいと思う。正直羨ましかった。 しかし、まさにそこがルイズの癇に障る。自分が不甲斐ないからキュルケなんかを調子に乗らせる。 「へえ~、こんなのも使い魔になるんだー。触ってもいいかな?」 ヴィオラートがしきりに関心を示しているのも気に入らない。何だというのだ。 キュルケなんか…ツェルプストーなんかに愛想をふりまかなくてもいいのに! 「あなた、お名前は何とおっしゃるの?」 「あたしはヴィオラート。」 「ヴィオラート。いい名前ね。あたしはキュルケ。微熱のキュルケ。」 キュルケはそこで一旦区切ると、ルイズにあてつけるように胸を張り、ルイズに向かって艶かしい視線を送る。 「ささやかに燃える情熱は微熱。でも、世の男性はそれでいちころなのですわ。あなたと違ってね?」 キュルケは視線をヴィオラートの胸に移動させ、その後視線をルイズの胸に固定し、嘲るような笑みを浮かべる。 「じゃ、失礼?」 そのまま、キュルケはさっそうと歩いていく。歩く姿でさえ何だか様になっていた。 「くやしー! 何なのあの女! 自分がサラマンダーを召喚できたからって! ああもう!」 やり場のない憤りを抱えたまま、ルイズはちらりとヴィオラートの胸をチェックする。 (使い魔のくせに、つつつ使い魔のくせに! この学院じゃキュ、キュルケの次に大きいんじゃないの? 腹立つわ!) キュルケが胸山脈なら、ヴィオラートは胸連峰。私はせいぜい河岸段丘、河岸段丘のルイズ。はは。 「ルイズちゃん?」 様子のおかしいルイズを心配したのか、ヴィオラートがひざを屈めてルイズを覗き込む。 ヴィオラートの顔と一緒に胸部もルイズの視界に入ってくることになり、ルイズは理不尽な怒りを覚えることとなる。 「だ、だいたいあんたが!」 「え? あたしが?」 言葉に詰まる。ヴィオラートは何も悪くないのだ。それどころか、今の今まで胸を意識せずにいられたのは、ヴィオラートの気遣いによるところ大であろう。何を責めるというのだ。 自分にとって最高の使い魔であるとルイズ自身がそう思っているのに、何が悪いと言えばいいのだろう。 「…河岸段丘…」 「え?」 思わず口をついて出た言葉は、ヴィオラートに悩みを打ち明けたいという依頼心のあらわれであろうか。 「な、何でもないわ! さっさと行くわよ!」 照れ隠しなのか、廊下をまさにのし歩くルイズの後姿を見つつ、ヴィオラートはルイズの発した言葉の意味を勘案しつづけるのだった。 「…河岸段丘?」 前ページ次ページゼロのアトリエ